Category Archives: 青山音楽賞

青山音楽賞受賞者からのエアメイル3 ~ピアニスト 川口晃祐さん&智輝さん~

毎年1月から12月、「青山音楽賞」にエントリーがあった演奏会の中から、「新人賞(25歳以下)のソロ・リサイタル)」、「青山賞(26歳以上のソロ・リサイタル)」そして「バロックザール賞(室内アンサンブル)」が選ばれます。

今年度で27回を迎える青山音楽賞。これまで、国内外で活躍するたくさんの音楽家を顕彰してきました。今日は、2012年度青山音楽賞「バロックザール賞」を受賞し、現在もソロのみならずデュオでも精力的に活動なさっているピアニストの川口晃祐さんと智輝さんからの音楽便りをご紹介します。

 

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2009年にスタートさせた演奏活動も8年目となり、現在は全国各地で年間50以上のステージに立たせていただく日々を過ごしています。多くの演奏の場を踏む中で、自分たちならではのスタイルを追求することの重要性をいつも感じています。

大学卒業後は大学院に進学し、在籍中よりパリに留学。学生時代より、ピアノソロを中心に、室内楽、オーケストラとの共演、さらにピアノデュオにおいては1台6手、2台8手など斬新な作品にも取り組みました。また、留学中にはウクライナにてプーランクの「2台ピアノとオーケストラのための協奏曲」をオーケストラと共演する機会をいただくなど、様々な貴重な経験をさせていただいたのも記憶に新しいです。

ウクライナにて、チェルニーゴフフィルハーモニー交響楽団と「プーランク:2台ピアノのための協奏曲」を演奏。

ウクライナにて、チェルニーゴフフィルハーモニー交響楽団と「プーランク:2台ピアノのための協奏曲」を演奏。

 

現在は、一般的なソロ作品やデュオ作品を演奏するのはもちろんのこと、ピアノ協奏曲やオーケストラのために書かれた作品を2台ピアノで演奏したり、自分たちで作曲・編曲をしたりするなど、様々なアイデアを取り入れながら表現の幅を広げられるよう常に努力しています。また、表現の緻密さを追求するため、ピアノソロ、ピアノデュオを問わず、演奏はすべて暗譜で行うことにしています。

名古屋の宗次ホールにて2台ピアノデュオの演奏

名古屋の宗次ホールにて2台ピアノデュオの演奏

 

本格的なコンサートホールでの演奏のみならず、学校などの教育機関に訪問してのコンサートも数多く行なっており、幼稚園・保育園~高校まで、音楽やピアノの魅力を伝えることも大切にしています。時には音楽を志す子どもたちをステージ迎えて共演する機会を作り、音楽の輪を広げられるよう努めています。

東京都内の幼稚園で、園児と保護者を対象とした演奏会。

東京都内の幼稚園で、園児と保護者を対象とした演奏会。

 

バロックザール賞をいただいたことをきっかけに、ピアノデュオの作品について更に深く取り組みたい気持ちになり、それは現在の活動に大きくつながっています。これまでにCD・DVDを4枚リリースし、2017年には3枚目のCDのリリースが予定されておりますが、次回作は連弾のみを取り上げた1枚です。

彩の国さいたま芸術劇場にて、公開レコーディングを開催。

彩の国さいたま芸術劇場にて、公開レコーディングを開催。

 

今後も演奏を通して、音楽の素晴らしさを多くの人と共有していきたいと思っています。

川口晃祐・川口智輝

青山音楽賞受賞者からのエアメイル2~ピアニスト 萬谷 衣里さん~

毎年1月から12月、「青山音楽賞」にエントリーがあった演奏会の中から、「新人賞(25歳以下)のソロ・リサイタル)」、「青山賞(26歳以上のソロ・リサイタル)」そして「バロックザール賞(室内アンサンブル)」が選ばれます。

今年度で27回を迎える青山音楽賞。これまで、国内外で活躍するたくさんの音楽家を顕彰してきました。今日は、2014年度青山音楽賞「音楽賞(現 青山賞)」を受賞し、現在はドイツのベルリンを拠点に活動していらっしゃるピアニストの萬谷衣里さんによるエアメイルを紹介します。

 

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音楽賞の受賞対象となったリサイタルを行ってから、早くも2年が経とうとしています。演奏会当時は留学先のドイツ・ロストックでの勉強を終え、ベルリンに拠点を移してからちょうど一年が経過したところでした。リサイタルの準備期間もそれまでとは違った環境で、新鮮な気持ちで取り組んでいたように思います。
念願だった音楽賞をいただき、漠然と思い描いていた「ドイツのレーベルで二枚目のCDを制作する」という夢が現実的なものになりました。そして、ご縁があってデトモルトのレコード会社・MDGでの録音・制作が可能になったのです。もともとドメニコ・スカルラッティのソナタかブラームスの後期のピアノ曲を録音したかったのですが、会社の方の薦めもあり、スカルラッティになりました。嬉しいことに同社からは、私の大好きなピアニストのひとりであるクリスティアン・ツァハリアス氏によるスカルラッティのソナタ集も発売されています。

 

萬谷さんCDジャケット写真

萬谷さんCDジャケット写真

 

レコーディングは2016年5月、マリーエンミュンスターという町のコンサートホールで三日間にわたって行われました。トーンマイスターのロディング氏(ドイツレコード賞のエコー賞を録音エンジニアとして初めて受賞された方)の的確なアドバイスとサポートのお陰で、長時間の収録も最後まで集中が途切れず、納得のいくものができました。二人とも持参したサンドウィッチやお菓子を食べる以外は、ほとんど休憩もとらなかったのですが、コーヒーマシーンを起動させて淹れた挽きたてのコーヒーを立ち飲みしながら気分転換をするわずかな時間が、とても心地よく感じられました。

 

トーンマイスター・ロディング氏と調律師のコーリング氏と一緒に

トーンマイスター・ロディング氏と調律師のコーリング氏と一緒に

 

スカルラッティのソナタが19曲入った私のCDは、この文章が掲載されるころには完成している予定です。年末には八幡市と大阪で演奏会がありますが、バロックザールでの研修成果披露演奏会は来年なので、落ち着いて準備していきたいと思います。CDはもちろん、ライブでの演奏を皆様にお聴きいただけることを、今からとても楽しみにしています!

 

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<編集人より>
ちなみに、萬谷さんのCDは彼女のHP(本人の直筆サイン入り)、アマゾンタワーレコードHMVなどで購入可能です!
驚くほど豊かな音色、煌めくようなピアノ・タッチ――いつまでも聴いていたくなる一枚です。

青山音楽賞受賞者からのエアメイル1~ヴァイオリニスト 清永 あやさん~

毎年1月から12月、「青山音楽賞」にエントリーがあった演奏会の中から、「新人賞(25歳以下)のソロ・リサイタル)」、「青山賞(26歳以上のソロ・リサイタル)」そして「バロックザール賞(室内アンサンブル)」が選ばれます。

今年度で27回を迎える青山音楽賞。これまで、国内外で活躍するたくさんの音楽家を顕彰してきました。今日は、2013年度青山音楽賞「新人賞」を受賞し、いまはアメリカの南カリフォルニア大学に留学している清永あやさんからのエアメイルをご紹介します。

 

南カリフォルニア大学のキャンパス

南カリフォルニア大学のキャンパス

 

 

2015年夏より、カリフォルニア州ロサンゼルスにある南カリフォルニア大学(USC)にて、五嶋みどり師のステュディオに在籍しております。みどり師には07年頃に初めて出会い、その頃からUSCは気になっていましたが、青山音楽賞新人賞の賞金・ご援助を頂けたことがきっかけで思い切って渡米することが出来ました。ソロ・室内楽の演奏会、USCでの研修、そして時に旅をしながら学ばせて頂いています。

演奏会は、ソロではロサンゼルスとオレンジカウンティーにてリサイタルと、オーケストラとコンチェルト共演をさせて頂いています。はじめはお客様からの反応がわかりやすいことに驚きました。USCのステユディオ行事の一環では、介護施設や矯正施設などに出向き演奏することがあります。これらの場所では、いかに分かりやすく上手く伝えるかが大切で、簡単な説明を少し添えて演奏します。室内楽では東海岸・西海岸ともにフェスティバルに参加し、米国・欧州・アジア、の各地の奏者達と演奏させて頂きました。どんな演奏形態であっても、音を通じてのコミュニケーションの楽しさは変わりません。

 

ディズニーホール外観

ディズニーホール外観

 

 

USCでは、みどり師の音楽への情熱は計り知れません。常に世界中を駆け巡られ、昨日はドイツ、明後日にはNY、週末にはイタリア、というような生活をされていますが、毎週数日は必ずロスにて過ごされます。朝の7時からレッスンということもあるのですが、私がその時間に到着した頃にはウォームアップや一通りの雑用などまで済まされています。私が日本からロスに到着した昨夏は、空港まで車で迎えに来て下さり、そのままの足で、何もない新しい借家に必要な買物まで手伝って下さいました。一体このエネルギーはどこからくるのだろう、というのは永遠のミステリー?かもしれません。何よりも音楽に対する態度に圧倒されてばかりですが、絶対に諦めず希望に向かう力、強靭な精神からは、多くを学んでいます。

 

五嶋みどり先生のレッスン風景

五嶋みどり先生のレッスン風景

 

 

またロサンゼルスという土地は、年中温暖な気候で、乾燥しており雨も殆ど降りません。カラッとした太陽の元だと気持ちもシンプルになります。また車で十数分も行けば直ぐにビーチという環境です。昨年は2月にもかかわらず30度まで上がった週末があり、この日はリハーサルを早めに切り上げサンタモニカのビーチまで日没を見に行きましたが、ロスだから出来ることでしょうか。そしてハリウッド映画の街なので、日常でもよく映画撮影をしている場面に遭遇します。ただ、車社会には未だに慣れず、電車が網羅されていない点は不便です。私もたまに運転していますが、皆さん運転も荒いのでなかなか大変です。

 

2月のサンタモニカの海

2月のサンタモニカの海

 

こちらの日常・音楽生活で特に感じる新しいことといえば、人々がコミュニケーションを特に大切にし、助け合いに前向きということでしょうか。幸いにも良い友人・知人に恵まれたお陰かもしれません。ですが新天地での生活は、はじめ非常にストレスフルでしたし、生活も音楽も、もちろん日々同感できることばかりではありません。ですがどんな物事に対しても「面白いな」と感じていると、不思議と物事がうまく運び、創造的になるなと感じています。

改めて、青山音楽財団さまからのご支援によって音楽と向き合うことが出来ていることに、心から感謝致しております。今後もしっかり精進して参りたいと思います。

【2010年度新人賞受賞】川原 慎太郎さん(ピアノ)インタビュー

青山音楽賞「新人賞」を受賞された、ピアニストの川原慎太郎さん(2010年受賞)と打楽器奏者の中田麦さん(2012年受賞)。「新人賞」受賞の条件であった音楽研修を無事に終えて、それぞれ11月23日(水・祝、中田さん)と12月3日(土、川原さん)に音楽研修成果披露演奏会を開催します。
前回は中田さんにお話をお伺いしましたが、今日はピアニストの川原さんに語っていただきます。

 

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――2010年に青山音楽賞新人賞を受賞なさってから6年経ちました。この6年間の川原さんの活動について教えて頂けますか。

川原慎太郎さん(以下敬称略):もう6年も経ってしまったんですね…。思えば2010年にこの賞を頂くまでは海外で勉強するというのは夢のまた夢でした。パスポートも受賞後に作りに行きましたから(笑)なので、受賞後は特に行きたい留学先も師事したい先生もなにもアイデアがなくて、漠然とフランスに行きたいと思っていました。ようやく重い腰が上がったのが2011年、南フランスの古都エクサンプロヴァンスのマスタークラスでコンスタンティン・リフシッツに会った後、彼の勧めでその年の12月にスイスのルツェルン音楽院(大学院のソリスト科)に受験に行き、その後はもう早かったです。3ヶ月後にはそれまで8年間住んだ京都を出てスイスにいました。
この6年間の活動というと色々あったような気がしますが、住む場所と周りの友人たちが変わっただけでやっていることは基本的には日本といた頃と変わりません。ソロの活動と並行して気心の知れた仲間と室内楽をし、合間に生徒のレッスンをしています。

 

ヴァイオリニストの鈴木舞さんとオルフェウス室内楽コンクール直後、ルツェルン音楽院にて

ヴァイオリニストの鈴木舞さんとオルフェウス室内楽コンクール直後、ルツェルン音楽院にて

 

――充実した6年を過ごされたようで、こちらまで嬉しくなりました。
スイスのルツェルン音楽大学でコンスタンティン・リフシッツの日本人唯一の弟子として研鑽を積まれたとお聞きしました。リフシッツ氏のレッスンはどのようなものでしたか。

川原:現在ルツェルンのコンスティンのクラスは異様な生徒数に膨れ上がっていると聞きますが、2012年に入学した頃、彼のクラスは今と比べてそれ程生徒は多くなく、ロシアやウクライナにアルメニア、セルビアやルーマニアなど中欧からの留学生ばかりで、今時珍しくアジア人は僕と台湾人の男の子だけでした。

あと、キリルという素晴らしいウクライナ人のアシスタントがいて、彼と僕は殆ど年齢も変わらないんですが、今まで聞いたことのない個性的なピアノを弾く人でした。それも全て徹底したアナリーゼから来るもので、コンスタンティンもそうですが5、6ヶ国語を自在に話せ、同年代にこんな人がいるというのが衝撃でしたね。
しかも見た目は、もし日本にいたらとてもピアノを弾く人には見えないようなカジュアルな感じで、でもそれが自然でカッコよかったです。

コンスタンティンはヨーロッパでの演奏のほかにロシアやアメリカ、日本での演奏会で大体いつもとても忙いんですが、その合間に頻繁にスイスに帰ってきて、二週間ほど、ほぼ毎日教えるというような感じでした。

彼の日本でのコンサートは樫本大進さんとのデュオやソロリサイタル、オーケストラとのコンチェルトで、樫本さんの実家がある赤穂の温泉の素晴らしさについて、目を細めながら良く話してくださいました。樫本さんにはルツェルンでも数回、コンスタンティンとのリハーサルに来たときにお目にかかった事があります。

コンスタンティンを一言で表現しようとすると、とにかく強くて厳しい”harsh” な(厳しい)人でした。最初の頃はその鋭い眼光に射抜かれると頭が真っ白になり、言葉が出てきませんでした。その時は、僕が日本人だからそう感じるだけだと思っていたんですね。しかし卒業後しばらくして、彼の生徒の中でも特にマイペースで不思議系な、でも素晴らしいバッハとスクリャービンを弾くウクライナ人の男の子が遊びに来て、彼と何をするわけでもなく二人で湖を見ていました。そしたら、苦笑いしてぼそっと「とても尊敬する芸術家だけど(コンスタンティンとの関係は)実は結構ストレスだった」と思いがけない告白をしてくれて、ああ、僕だけじゃなかったんだと安心しました。彼は時々先生の犬の世話や自宅のピアノの調律もしてましたから(笑)

コンスタンティンは、普段穏やかで冗談を言ったり共通の知人のモノマネをして笑わせてくれたりチャーミングで愉快な人なんですが、いつどこで激しい反応が返ってくるかわからない緊張感が常にあります。普段は陽気でおちゃらけたスペイン人の生徒も彼の前では「…ご機嫌よう、マエストロ」(笑)。

レッスンも言われた事がその場ですぐに出来ないと、だいたい三度目には爆弾が落ちました。以前は良くヴォルフーゼンという、ルツェルンから少し離れた田舎の小屋でレッスンをしていて、みんな大雪の日でも駅からそこまで全身雪まみれになりながら歩いて通いました。彼の言ったことを理解しようとして弾く手を止めると、横の柱時計の刻む音がとても大きく聞こえ、張り詰めた緊張感のなかでレッスンは進みました。

一度、僕の前に弾いていた仲良しのルーマニア人の女の子が、コンスタンティンから猛烈に怒鳴られている現場に出くわしたことがあります。叫びながら地団駄を踏むコンスタンティンの横で、彼女が泣きながら何度も何度もベートーヴェンのコンチェルトの同じ箇所を繰り返し弾いていたことを今でも思い出します。

その様なレッスンの中で、自然と演奏中の精神力が鍛えられました。そのうち作品についての自分の考えをしっかり持った上で、レッスンで「そう思わない。そのようには僕は弾くことはできない」と言ったりすることもできるようになって、大体そんな時彼はニコっとして好きなようにさせてくれました。

ある日、レッスン小屋を訪れると何処かで聞いたことがあるような、でもなにか思い出せない音楽が聞こえてきました。階段を上がって部屋に入ったらコンスタンティンが、まるでゴールトベルク変奏曲を弾くように左右の手を自在に交差させてラヴェルのダフニスとクロエを弾いていて、譜面台にはオーケストラスコアが置かれていました。

僕がルツェルンで最後に演奏したのは、ルツェルン・シンフォニーとのラヴェルの《左手の為の協奏曲》で、コンスタンティンはいつも練習時にオーケストラパートを一緒に弾いてくれました。それがまた息を呑むほど素晴らしいんですが、横で猛獣のように弾く彼をソリストとしてリードするというのは、実際のオーケストラと弾くのと同じか、もしかしたらそれ以上に難しかったです。でもそれが出来ないと軽蔑の眼差しを向けられるので、常にベストを尽くすよう努めていました。

 

卒業後、クラスメートと

卒業後、クラスメートと

 

他に思い出されることといえば、彼のクラス全員でバッハのトッカータ全曲を弾いた演奏会です。僕はト長調の担当で、演奏順は最後でした。その2日前に日本での演奏会から帰ってきたばかりだったので、次の日のコンスタンティンの自宅リハーサルでは時差ぼけで暗譜も飛び、目も当てられない出来だったんですが、次の日は全てコントロールすることができました。

そしたら彼は、客席から満面の笑みで盛大に拍手してくれて、そのあとの講評(反省タイム?)で生徒全員の前でとても嬉しい言葉を言ってくれました。そんな時は生徒全員から「おぉー」という感じで羨望の眼差しを一身に受けるんです。ルツェルンでは3年過ごしましたけれど、とても濃密で楽しい時間を良い仲間と過ごせました。辛かったこともありますけど、今でもこうやって話していると、とても懐かしくなってコンスタンティンや彼らに会いに行きたくなります。

 

リフシッツと、卒業試験後

リフシッツと、卒業試験後

 

――まぁ、そうだったのですか。コンスタンティン先生のお話になると、川原さんも話のネタが尽きない感じで(笑)。レッスンやコンサートの時の情景が思い浮かぶようで、お話を伺っていてとても楽しいです。
現在は、オランダ・デン・ハーグでフォルテピアノの演奏・研究をなさっているとのこと、これについてもお話してくださいますか。

川原:昔からバロックチェリストのアンナー・ビルスマとリコーダー、トラヴェルソ奏者のフランス・ブリュッヘンのファンで、高校生の頃からとても影響を受けてリコーダーやフルートを吹いていました。バロック音楽に深く傾倒するようになったのもその頃からです。でもフォルテピアノの方はというと、京芸時代にマルコム・ビルソン(アメリアカ出身の古楽奏者。現在通っている音楽院で僕が教えを受けているヴァルト・フォン・ウォルト(いま王立音楽院で僕が教えを受けている先生)のマスタークラスを受けた時に少し練習したのと、ルツェルン音楽院にいた時にたまに遊びで弾いていたくらいでした。

当初オランダに来たのは勉強の為ではなく生活の為だったのですが、どっちみちここで生活するなら音楽院での人脈が必要だと思ったのと、デン・ハーグ王立音楽院ははビルスマが学び、ブリュッヘンが教鞭をとっていたという事を思い出し入試を申し込みました。昔からチェンバロの方に興味があったんですが、モダンピアノと両立するのはとても難しい。フォルテピアノならレパートリーも重なるし、モダンで弾く際に大きな財産になると思ったからです。あと、先生の「ベートーヴェンのチェロソナタでビルスマのレッスンが受けられるよ」の一言で受験を決めたのが入試の5日前。
デン・ハーグ王立音楽院にはそれぞれの時代の異なる楽器が練習に解放されており、その中には1860年代のエラールもあります。今はもう完全にこれらの楽器の魅力の虜です。

音楽院からの眺め

音楽院からの眺め

 

――入試の5日前だなんて・・・普通なら考えられません!
ところで、オルガンやチェンバロ、クラヴィコードは演奏なさるのですか?

川原:チェンバロは昔、ピアノよりも練習した時期がありました。京芸時代にゼレンカのオーボエトリオやモーツァルトのドンジョヴァンニのレチタティーヴォセッコを全て弾く機会もありました。今も時々楽器を見つけては自分自身のために弾きます。クラヴィコードは近々学校に素晴らしい楽器が入るとのことで楽しみです

 

――チェンバロやフォルテピアノなどの古楽器とモダンピアノの両方を演奏されて、プラスになる点や難しい点がありましたら教えて下さい。

川原:現在のフルコンサートグランドピアノは性能、音色、音量においてほぼ完成された楽器だと思います。音色の細やかな濃淡も思いのままつける事が出来、指先の繊細な動きにも敏感に反応し、かつ巨大なオーケストラと渡り合えるパワーがあります。
しかし、これらは最初から当たり前の様に存在していたものではありません。実際にはこれらの事は古い楽器を弾く前までは気付きにくいことではないでしょうか。
例えば、1860年代のエラールでショパンの速いパッセージを弾く際、現在のスタインウェイで弾く感覚で素早く指を動かしても美しく鳴らないんです。時には音符と音符の間に微妙な揺らぎや隙間を作る必要があり、それが音楽に違った味わいを与えます。
また、現在のピアノは性能が良過ぎてその様にしなくても全ての音が綺麗に即座に発音されるんですね。アーティキュレーションやリズムの捉え方なども違ったふうになります。
これはガット弦とバロックボウで弾く時のヴァイオリンやチェロの奏法と通じるものがあるように思います。
また、古典派時代のモデルの、殆どチェンバロと見紛うばかりの小さくて軽い楽器でモーツァルトの緩徐楽章を、ロシア風の濃厚なレガートの指使いで弾くことは理にかなわないことだと実際にその時代の楽器を弾けば直ぐに知ることが出来ます。
しかし現在、私たちが演奏するのは鍵盤も重くて巨大な輝かしいコンサートグランドピアノです。
古い楽器で得た情報やインスピレーションをどのように、どこまで今日の鍵盤の上で活かすかはそれぞれのセンスに任されるところではないでしょうか。

 

――とても説得力ある言葉です。川原さんのおっしゃるとおりで、たいていのことは「楽器が教えてくれる」。
その曲を弾いて分からないところがあれば、当時の楽器で演奏してみると、どう演奏すれば良いか分かることが大半だと思います。でも、モダン楽器だけでは、そういうことも見えてきません。古楽器を演奏されたことは、ピアニストとして大きな財産になっていらっしゃいますね。

ところで、プロフィールを拝見しているとソロ活動だけではなく、伴奏や室内楽、オーケストラとの協演もなさっています。それぞれ、どのようなスタンスで演奏なさっていますか。

川原:あまり考えたことはありません。でも最近思うのは、それ一つで完結できるピアノという楽器は、ともすれば音楽の、そもそもの在るべき姿を探求することを忘れさせてしまう危険を持つ、且つ非常に蠱惑的な楽器ではないかということです。

ピアニストはいつもその様な危険のそばにいます。優れた歌手やヴァイオリ二ストがどの様にフレーズを作るかを知らずに、何をピアノで表現できるでしょうか。
それに、信頼できる仲間との共同作業は、普段孤独な時間を過ごすピアニストにとって一番の栄養剤ですね(笑)
オーケストラとの共演は、一人の独奏者が指揮者と、時には100人前後の百戦錬磨の楽団員の方たちをリードしなくてはならないので大変なエネルギーが入ります。死闘に行く覚悟で舞台にあがります。

 

――今回のリサイタルのプログラムを拝見しましたが、とても面白い選曲でした。前半はイギリスのルネッサンス期に活躍したウィリアム・バードの変奏曲とバッハのフランス組曲ですね。
特に、バードのウォルシンガムをピアノで演奏する機会になかなかお目にかかれないのですが、なぜこの曲を選曲なさったのでしょうか。その他、プログラミングや楽曲への思い入れについて教えて下さい。

川原:今回のプログラムは、前半にバード、バッハ、ファリャ、後半にバッハ=ブラームスとブラームスを演奏します。
ファリャの《アンダルシア幻想曲》は、南スペインの蒸せ返るような情熱が詰まっていると同時に、とても技巧的な作品ですが、リストやラフマニノフの様なヴィルトゥオジティとは一線を画しています。スカルラッティのように鍵盤を大きなギターの様に扱い、至るところで、うねる様なアラベスクや弦を直接掻き鳴らすような装飾音、独特の旋法、原始的なリズムを多用しているのです。こういう点は、バードやギボンズのヴァージナル作品にもみられる共通点です。なので、これらの曲を一緒に並べると面白いと思いました。

ギボンズは何度かピアノで弾いていますが、バードは初めてです。

ルツェルンでの卒業試験のプログラムにギボンズを入れてレッスンに持って行くと、コンスタンティンは想像通り喜んで、「ギボンズは弾いたことないけどバードは録音しているよ」と教えてくれました。その録音の中で一番気に入った曲を今回選びました。

ギボンズよりも対位法が凝っていて聞き応えのあるとても充実した作品です。この作品の深い宗教的な雰囲気をバッハのニ短調のフランス組曲のアルマンドに滑り込ませることが出来ればと思います。
今回のプログラムの鍵は「ニ短調」です。みなさんそれぞれ調性に特定のイメージをお持ちだと思いますが、個人的には(何故かわからないのですが)ニ短調の作品を聴くと、いつも夕映えの赤い色を想像します。
また、バッハのオリジナルの《フランス組曲》とブラームスが編曲したバッハの《ヴァイオリンのためのシャコンヌ》でのアプローチの仕方の違いに注目して頂けたらと思います。
現在は本当に多くのバロック時代の奏法についてのインフォメーションがありますね。それらを知りつつも自分の道を探す必要があり、そこに現在自分が演奏する意味があると思います。実際にタイムマシンに乗って当時どの様な音でどの様に演奏していたか聞きにいける人はいないのですから。

一時期いろいろなルールに縛られ、バッハをチェンバロで弾くのと同じようにピアノで弾いていた頃、リフシッツ先生や彼の先生のゼリクマン先生に問いかけられた「現代のピアノでバッハを弾く意味は?」という質問の現時点での答えの様なものが出せたらと思います。

 

――選曲なさるときの視点も個性的で面白いですね。リサイタルがとても楽しみです。
川原さんがピアノ演奏をなさる際、一番大切にしていらっしゃることは何ですか。

川原:演奏会の度に変わる、違う性格の楽器からそれぞれの一番良い響を引き出すことです。

 

――それでは最後に、今後の夢を教えて下さい。

川原:いつかモーツァルトの協奏曲を弾き振りすることです。

 

 

<演奏会情報>

2010年度青山音楽賞新人賞受賞研修成果披露演奏会

川原慎太郎 ピアノリサイタル

開催日時:2016年 12月3日(土)15:00開演(14:30開場)

出演者  川原慎太郎(ピアノ)

演奏曲目 ◆バード/ウォルシンガム

◆J.S.バッハ/フランス組曲 第1番 ニ短調

◆ファリャ/アンダルシア幻想曲

◆ブラームス(バッハ)/左手のためのシャコンヌ

◆ブラームス/幻想曲集 Op.116

入場料  ¥2,500(一般)・¥1,500(学生) ※当日各¥500増【全席自由】

チケット販売    ◎青山音楽記念館 ☎075-393-0011

◎ローソンチケット ☎0570-000-407(Lコード 59046)

◎チケットぴあ ☎0570-02-9999(Pコード 307-084)

※未就学児入館不可

【2012年度新人賞受賞】打楽器奏者 中田麦さん インタビュー

青山音楽賞「新人賞」を受賞された、ピアニストの川原慎太郎さん(2010年受賞)と打楽器奏者の中田麦さん(2012年受賞)。「新人賞」受賞の条件であった音楽研修を無事に終えて、それぞれ11月23日(水・祝、中田さん)と12月3日(土、川原さん)に音楽研修成果披露演奏会を開催します。そこで、受賞直後の思い出話から音楽研修の内容まで、様々な事柄についてお二人に語って頂きました。

まずは中田さんのインタビューからご紹介します。

 

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―中田さんが青山音楽賞「新人賞」を受賞されたのは2012年度のことでしたね。あれからもう4年も経ちました。リサイタルを開催された当時のことを少し教えて下さい。

中田麦さん(以下、敬称略):2012年は新人賞にエントリー出来る最後の年でした。リサイタルは前年に行ったバロックザールでのリサイタルの緊張からは随分開放されて、それなりに納得のいく演奏ができました。

 

――年齢制限ぎりぎりのところでのご受賞、良かったですね。新人賞の受賞後、どのような音楽研修をなさったのですか?

中田:オーケストラと協奏曲を共演するワークショップ参加(ブルガリア)、国際マリンバコンクール出場(オーストリア)、全14回の室内楽コンサート鑑賞(イギリス)、と3回のヨーロッパ研修を行いました。
特に3回目の研修で行ったイギリスでは、歴史ある室内音楽ホールのウィグモア・ホールで様々な室内楽のコンサートを聴いて大変良い経験になりました。どのコンサートも想像していたよりハイレベルで、これまで自分自身が持っていた音楽的基準を大きく上げることになりました。

 

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ブルガリアでの協奏曲演奏風景

イギリスで聴いた演奏会チケット

イギリスで聴いた演奏会チケット

 

――色々な体験をされたのですね。日本だけではなく、海外でも音楽を学ばれたり経験を積まれたことによって、ご自分の中で何らかの変化や成長を感じられたのではないでしょうか。

中田:感性の変化としては、新人賞受賞当時は鋭く、削ぎ落とされた無駄のないものへの愛着が強かったです。最近はある種の鈍さ(良い意味で)や隙にも惹かれるようになりました。

 

――なるほど…鈍さや隙に惹かれるということは、つまり、気持ちに余裕が出てこられたということではないでしょうか。
ところで少し話が前後してしまうのですが、中田さんが打楽器を始められたきっかけを教えて下さいますか。

中田:父が地域の子どもたちに和太鼓を教えていたので、6歳から和太鼓を始めました。

 

――まぁ!最初はマリンバではなくって和太鼓から始められたのですね。それではいつマリンバにご興味を持たれたのですか?

中田:和太鼓だけではなくせっかくなら旋律のある打楽器もやったらということで、つまらないと感じていた学童保育をやめるのと引き換えにマリンバを始めました。確か…9歳の時でしたね。地元の奈良はマリンバ人口が関西でも突出して多く、自宅から歩いて3分のところに先生のご自宅があったことも大きかったです

 

――小さい頃は習い事を継続させることが一番大切ですから、お近くに良い先生がいらっしゃって良かったですね。ところで、中田さんは楽器を演奏されていない時、何をなさっていますか?趣味などお持ちでしょうか。

中田:音楽以外に好きなことはたくさんありますが、趣味と呼べるものはありません。演奏以外は自分の演奏の録音や映像の編集をしています。

 

――自分の演奏をちゃんとした形で、しかも自分の手で残すことが出来るって素晴らしいことだと思います。そういえば、中田さんのホームページを拝見した際、マリンバを演奏なさっている動画がありました。あれはご自分で編集なさっていたのですね。
さて、中田さんは11月23日にマリンバのソロ・リサイタルを開催されますが、今回のプログラミングについて教えて下さい。

中田:前半はバッハとヘンデルの楽曲を取り上げます。

バッハの無伴奏ヴァイオリンと無伴奏チェロ作品は、中学生の頃から取り組んでおり、マリンバで弾くこと自体が難しく、常に課題でした。しかし、これから先もずっと演奏していきたい曲なので、今回のリサイタルのためにバッハの無伴奏チェロ組曲から第6番を選びました。バッハ作品はマリンバの中低音の響きが心地よいです。

それに対してヘンデルはマリンバではほとんど演奏されないので選びました。ヘンデル作品では、その魅力的なメロディにハッとさせられます。

 

――後半は邦人作曲家の作品が3つ並んでいます。それぞれの作品についてご紹介頂けますでしょうか。

中田:助川敏弥の《パウル・クレーによせる5つの小品》は、スイスの画家クレーの絵画にさもありそうなタイトルが5曲の小品それぞれに付けられており、まるでクレーの絵を見ているかのような面白い作品です。
八村義夫の《アハーニア》はイギリスの詩人ウィリアム・ブレイクの予言書『アハーニア』に基づく作品で、厳しい無調の響きが特徴的です。後半に演奏する3曲の中では最も抽象度の高い作品です。
一柳慧の《パガニーニ・パーソナル》はパガニーニの有名な主題による変奏曲です。この作品ではピアノ譜は伴奏ではなくマリンバと対等な関係で書かれており、ピアニストの力量も存分に発揮される刺激的な作品です。

 

――なるほど、いずれも中田さんがこだわって選曲なさったものなのですね。

中田:前半はバロックの大家2人の対比、後半は明確な題材に基づく個性的な3つの邦人作品の聴き比べといえます。前半も後半も、それぞれの作品の違いを楽しんでいただけたらと思います。

 

――ピアニストの崔理英さんとの共演も期待しています。

中田:これまで何度も共演しているので、余計なことに気を遣わずに演奏することが出来ています。「パガニーニ・パーソナル」での競演がとても楽しみです。

 

――それでは最後に、打楽器奏者である中田さんの夢を教えて下さい。

中田:バッハの無伴奏ヴァイオリン作品だけのコンサートをいつかしたいです。

 

――それはとてもチャレンジングなプログラム!興味深い演奏会になりそうですね!ぜひその時はバロックザールで開催してくださいね。まずは11月23日のリサイタル、楽しみにしております。

 

<演奏会情報>

2012年度青山音楽賞新人賞受賞研修成果披露演奏会

中田 麦 マリンバリサイタル

開催日時:2016年 11月23日(水・祝)18:00開演(17:30開場)

出演者    中田 麦(マリンバ)、崔 理英(ピアノ)

演奏曲目 ◆G.F.ヘンデル/ヴァイオリンソナタ ニ長調 HWV371

◆J.S.バッハ/無伴奏チェロ組曲 第6番 ニ長調 BWV1012

◆助川敏弥/パウル・クレーによせる5つの小品

◆八村義夫/アハーニア

◆一柳 慧/パガニーニ・パーソナル

入場料    ¥3,000(一般)・¥1,500(学生)【全席自由】

チケット販売       ◎青山音楽記念館 ☎075-393-0011

◎ローソンチケット ☎0570-000-407(Lコード 56836)

◎チケットぴあ ☎0570-02-9999(Pコード 305-345)

※未就学児入館不可

~2013年度青山音楽賞「音楽賞」受賞~打楽器奏者 窪田健志の「現在(いま)」に迫る

2013年度青山音楽賞「音楽賞(現 青山賞)」を受賞された、打楽器奏者の窪田健志さん。あれから3年、研修成果披露演奏会を9月10日(日)に開催します。今回は演奏会に先立ち、受賞直後のお話や現在のお仕事の様子など、色々なお話をお伺いすることが出来ました。

窪田健志

――窪田さん、お久しぶりです!音楽賞を受賞された時にもインタビューをさせて頂きましたが、あれから3年経ちました。受賞後はどのような日々を過ごしていらっしゃいましたか?

窪田さん(以下、敬称略):研修費を頂けると分かった後すぐ、航空券の予約をしました(笑)。

そして、以前から訪れてみたかった、ロイヤルコンセルトヘボウ・オーケストラの本拠地、オランダのアムステルダムを含むヨーロッパ旅行へ一週間ほど向かいました。

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パリやアムステルダムで、オーケストラの演奏会やリハーサルを見学し、レッスンを受けてきました。

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その後も数回渡欧し、年間100回強の所属オーケストラでの演奏も楽しみつつ、NHK-FM「リサイタル・ノヴァ」収録や、宮崎国際音楽祭、東京オペラシティ文化財団主催のリサイタルシリーズ「B→C」(※)に出演させて頂いたりと、充実した日々を過ごさせて頂きました。

 

 

――とっても充実した時間を過ごされたのですね。音楽賞を受賞されて、何か周囲からの反響はありましたか?

窪田:公演に来てくれた知人・友人は勿論ですが、都内に住む音楽仲間から急に「青山音楽賞おめでとう!」と言われて、ビックリしたこともありました。音楽誌などで知った人もいたようです。

 

 

――皆さんに青山音楽賞を知ってもらえて嬉しいです。それは、窪田さんたちのような優秀な音楽家さんたちが受賞して下さったからこそ、なのですが。

ところで、受賞後はどのような目標を持って音楽をされてきましたか?

窪田:受賞できたことは一つの自信を頂いたと同時に、ソロ演奏ならではの不安も持つようになりました。
オーケストラでは奏者それぞれの準備は勿論ですが、大抵の場合は指揮者がいますので、指揮者が音楽の方向性を提示することが多いです。必ずではありませんが。
しかし、ソロで曲と対峙する時は、楽譜の読み方や作曲者の思惑、書かれた背景など、自分で全て探求する必要があります。
文献などを読んで知ることもあれば、作曲者と直接交流があった方にレッスンを受けて納得することもあり、演奏の練習以外にもそういう角度からのアプローチも大事にしたいというのが当面の目標です。

 

 

――今回のリサイタルのプログラムについて教えて下さい。

窪田:現在まで、自主公演はサブタイトルを設けているのですが、今回は「古からのリズム、そしてウタ-Rhythm from ancient and Uta-」としました。

オランダで手締め式の古楽器レプリカのティンパニを購入しました。

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まずはオープニングでその楽器を使い、ルイ13世時代に活躍したフィリドール一家の末子が書いたとされる18世紀のティンパニ・ソロの曲を演奏します。
受賞対象となったリサイタルでもマリンバでバッハの作品(ヴァイオリンの為のパルティータ3番)を演奏したのですが、今回は無伴奏チェロ組曲から4番に初挑戦します。
というのも、3月に東京で「B→C」(※)に出演した際、チェロ組曲の3番に取り組み、とても勉強になったのです。

他に2曲、演奏します。フィッシャーと川島さんの作品です。3月に東京で演奏したのですが、とても評判が良かったです。
フィッシャーは、自身が打楽器奏者で、ミュンヘン国際コンクールの優勝者でもあります。《Worken Studie》は奏者だからこそ書けるような、ギリギリの線をついてきた難易度の高い、マルチパーカッションの曲です。珍しい楽器も数多く登場します。
川島素晴さんの「タンブレラ王。」は、まるで全編アドリブで、パロディをやっているかのように思われる作品ですが、事細かに指示が記載してあります。
ロビーにその楽譜を展示予定ですので、興味のある方はご覧頂ければと思います。
前回は再演作品(既に世の中に存在している作品)のみでしたが、今回は加藤昌則さんに委嘱作品をお願いしてあります。彼はなんと、川島素晴さんと同級生なんですよ!
どんな曲が出来上がってくるのかが非常に楽しみです。
以前はフルートのゲスト(田中玲奈さん)と共演しました。今回はクラリネット奏者を招いて(共に頼れる大学の同期です)山川あをいさんのUTAシリーズから、Ⅵを演奏します。
前回、Ⅳを演奏した時に、バロックザールでのマリンバの響きを作曲者もとても気に入ってくださいました。今回もホールの素晴らしい響きを感じて演奏出来ればと思っています。
他には小太鼓の有名な(ラヴェル作曲ボレロに使われている)フレーズから始まる変奏曲や、ヴィブラフォンを用いたマルチパーカッションの曲まで、今回も舞台に色々な打楽器空間を広げる予定です。

 

 

――名フィルでのお仕事について、教えて下さい。

窪田:今年度、名古屋フィルは創立50周年を迎えます。

それに伴い、今年11月には関西公演(シンフォニーホール)も行います。京都にも縁がある小泉和裕音楽監督のもと、更なる飛躍の為に楽員一同、邁進している最中です。

 

 

――練習はどのようにされていますか?

窪田:名フィルの練習場もあるのですが、別で楽器保管用の倉庫を借りていて、そのどちらかで練習しています。

立地の割に安価の為、夏場は湿気と暑さ、冬場は乾燥と寒さとの戦いです。全て置ける家に住むには、宝くじが当たらないと無理!な気が…。打楽器奏者の宿命でしょうか…。

 

 

――休日はどのように過ごされていますか?趣味などありましたら教えて下さい。

窪田:リサイタルなどが迫っている時には、ここぞとばかり練習しています。オーケストラ業務との両立は、空き時間作りに苦労しますが、練習→リハ→本番のサイクルだけだと精神的に辛い&運動神経が鈍るので、通勤を兼ねてサイクリングや名フィルに入ってから始めたタップダンスで、ストレス発散するように心掛けています。

映画館で映画を観るのは好きなのですが、最近の映画館は音量が大き過ぎて、若干頭痛がするのは僕だけでしょうか…

 

 

――確かに映画館の音は爆音ですね。でもそれは窪田さんの耳が繊細だからかも。
さて、最後にこれからの目標を教えて下さい。

窪田:何かを発信するには、一度、溜める必要があると思っています。漫画ドラゴンボールの「かめはめ波」世代だからでしょうか?

今回のリサイタルは、この三年間で、僕が見聞したり、体験させて頂いたものの一つの証しとして、観て、聴いて頂ければ嬉しいです。

これからも、演奏のみならず、表現者(パフォーマー)としての可能性を広げられるよう、打楽器を通して成長し続けていきたいと思います。

 

2015年度青山音楽賞受賞者インタビュー⑦上野星矢さん(フルート・新人賞)

2015年度青山音楽賞受賞者インタビュー最終回は、新人賞を受賞されたフルート奏者の上野星矢さんです。
まだお若いのですが、すでに国際的な活動をなさっており、日本を代表するフルート奏者のおひとりでいらっしゃいます。
インタビューではこれまでのキャリアのお話や楽曲に関するお話など、多岐にわたる内容について聞くことが出来ました。

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上野星矢 フルート・リサイタル(2015年7月25日(土))
演奏会後に残った幸福感と高揚感が、全てを物語っていた。上野のフルートは、ただ「素晴らしい」の一言。人々を思わず惹き付けるステージマナー、虹色に光る音色、卓越した技術、豊かな音楽性、どれをとってもスター性に満ちている。これだけ聴き手を興奮させ、喜ばせることの出来る若手演奏家はそうそういないだろう。プーランクのソナタで見せた軽妙洒脱な歌い回しは誰にも真似出来ないものであるし、《クリスタルの時》を献呈した上林裕子の「(上野のフルートは)すべてが生き生きと煌めく」という言葉にも頷ける。タファネルの幻想曲では、内門卓也の研ぎ澄まされたピアノ伴奏に支えられて、しなやかな息づかいと圧倒的な技巧を見せた。この類い稀なる才能を武器に、これからも世界中で活躍してほしい。ここに青山音楽賞「新人賞」を顕彰する。(2015年度第25回青山音楽賞授賞式プログラムより)

 

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――まず、フルートを始められたきっかけを教えていただけますか?

 

上野さん(以下、敬称略):地元の小学校の吹奏楽部で、たまたまフルートを始めたんですけど・・・

 

――いつごろ、フルートでやっていこうと思われたのですか?

 

上野:まぁ、小学校を卒業するときには「フルートを続けていこう」と思って・・・。
それで、地元の駅前にある街の音楽教室に通って、そこからまた新しい先生を紹介して頂いて、というふうにつながっていったんです。吹奏楽の中でフルートを吹いていたのは、小学校の3年間と中学校の1年間だけですね。

 

――じゃ、本当に自然な流れでフルート奏者を目指されたわけですね。

 

上野:そうですね、小学校の時にフルートの手ほどきを受けた顧問の先生の影響が大きかったですね。その先生のおかげで、フルートを続けていきたいなと思いました。

 

――なるほど・・・。ところでプロフィールを拝見していると、東京藝大に入学された翌年にはパリに留学されていますね。どのような経緯でパリに留学されたのですか?

 

上野:東京藝大1年の時に、ランパル国際コンクールで優勝したのです。19歳になりたての頃です。その時の審査員の先生方の中に、パリのコンセルヴァトワールで教えていらっしゃる方もいらっしゃって「こっちに来なさいよ」と言って頂いたんです。
その前から『留学したいな』という気持ちはあったんですけど、タイミングがなかなか合わなかったので、お誘いを頂いた時に「今だ!」と思って。

 

――ちなみに何という先生ですか?

 

上野:パリではソフィー・シェリエ (Sophie Cherrier、パリ国立高等音楽院教授) とヴァンサン・リュカ (Vincent Lucas、パリ管弦楽団首席フルート奏者、パリ地方音楽院教授) に習いました。

 

――大学1年の時に、よくフランス留学を決心されましたね。

 

上野:そうですね。でもそれまでも何度かは行ったことがあるんです。
あと、実は父もフランスで演劇を学んでいたので、フレンチ・コネクションがなんとなくあったんです。そういう環境もあって、いずれフランスには行きたいなと思っていました。

 

――東京藝大にはもう戻られなかったのですか?

 

上野:そうなんです。東京藝大は2年間しか休学出来ないというシステムがあったんですね。だからフランス留学して2年が経った時に、どちらで卒業するかという選択に迫られたのです。
色々考えたんですけど、結局パリで卒業しようと決めました。

 

――話は少し戻りますが、ランパルで優勝されてからというのは、生活が大きく変わったのではないでしょうか?

 

上野:そうですね。たくさんの人たちが僕の演奏に注目してくれましたので、自分の意識の高さが必要だったりとか、そういうことはありましたけど、プレッシャーはそこまでなかったですね。
やっぱり、自分の活動がより表に出るということが嬉しかったです。

 

――舞台に立たれた時に緊張やプレッシャーを感じることはないのでしょうか?

 

上野:まぁ、しますけどね。緊張するヒマもないくらい、音楽に集中しています。
逆に緊張する時っていうのは、集中出来ていない時なんですよね。

 

――仰る通りです。わたしも上野さんのリサイタルを実際に聴かせて頂いたのですが、張り詰めるような緊張感と集中力を感じました。

そういえば、上野さんのリサイタルにはお客さまがたくさんいらっしゃっていました。関西以外のご出身でいらっしゃる方々はみなさん口々に「集客が難しい」とおっしゃるのですが…

 

上野:最後に関西で音楽会をしたのは、確か3年前でした。関西ではあまり機会がなかったのですが、どこかでずっと「もう一度関西でやってみたいな」という気持ちはあって。
いつもたいてい名古屋止まりなんですよね。

この音楽賞の存在は前から知っていました。僕はピアニストの崎谷明弘君と仲良しなのですが、彼は2013年度に青山音楽賞新人賞を受賞しましたよね。
やっぱりそのニュースを知ったということが大きかったと思います。

 

――崎谷君が受賞した当時、けっこう反響があったように思います。というのも、彼はtwitterやfacebookをとてもうまく使いこなしていますよね。
それで受賞のニュースが一気に拡散された感じがします。

 

上野:そうですね。僕は関東から来て、自分とゆかりのない土地でリサイタルをするということで不安もあったのですが、結果的に受賞出来て本当に良かったと思います。
これからも、関西だけじゃなくて、関東からももっと音楽家の方が来られたら良いですよね。

 

――そうですよね。ところで上野さんの場合、集客はどうなさったんですか?

 

上野:それは本当に心配で心配で・・・やっぱり宣伝のしようがないんですよね。
だから僕はそれこそ、twitterやfacebook、HPなどを駆使してやりました。どうなることかと思いましたけどね。

 

――当日のプログラムはどうやって決められたのですか?

 

上野:もちろん僕自身が決めたのですが、音楽賞の新人賞の選考に関わるということもありましたし、あとは久しぶりの関西公演ということもあったので、まずはプログラムをあまり軽いものにしたくなかったんですよね。(自分の音楽を)出し惜しみしたくなかったんです。
いま自分が出来る、最大限のプログラムだったと思います。
フルートっていうと、だいたい軽いプログラムが多くて「あれっ、もう前半終わり?!」ということもよくあるんです。もちろん、全力で吹くと前半でとても疲れてしまうということもあります。
でも僕は、例えばピアノやヴァイオリンの公演と比べても見劣りしないプログラムを組みたかったのです。

 

――とても素敵なプログラムでしたよ。
今日の授賞式で演奏される曲はまた、あの時のリサイタルとは違う曲を演奏なさるんですね。
(授賞式当日、ドビュッシー≪シランクス≫と武満徹≪ヴォイス≫を演奏)

 

上野:そうなんです。今日は無伴奏で、ドビュッシーと武満を選びました。
どちらも好きな曲ですが、特に武満さんは、今年没後20年というメモリアルイヤーなのです。
彼はフルートの響きが好きで、フルートのための色々な曲を残しているんですが、その中でも《ヴォイス》という曲は少し特殊な曲なんですね。演奏中に、フランス語と英語で演奏者の声が入るのです。

 

――どのような言葉をしゃべるのですか?

 

上野:「透明」に対して話をしています。最初はフランス語で Qui va là ! Qui que tu sois, parle, tranparance!(そこにいるのは誰か!言え、透明よ!)と言って、次に英語で全く同じこと (Who goes there? Speak, transparence, whoever you are!) を「透明」に向かって語りかけるんです。

 

――フルートを吹きながら言葉を発するということは難しくないですか?

 

上野:大変といえば大変ですけど、それも武満さん自身がフルーティストという普段歌ったり声を出したりしない、吹いているだけの人がそういう状況に追い込まれた時に、どういう力を使うのかということも一つのコンセプトだったらしいですね。

 

――そうなんですか。それはとても楽しみですね。
ところで、上野さんの普段の生活を少しだけ教えていただけますか?

 

上野:こういうソロの演奏会をしたり、教えることもよくしますね。つい最近も台湾に教えに行ったんです。冬期講習会のようなものなんですけど。台湾は最近よく行っていますね。

 

――教育にも興味を持たれているとのこと、それはどうしてですか?

 

上野:自分がこうイメージする、理想の楽器の扱い方とか、音楽に対する向き合い方とか、自分の中で強く持ってきたつもりなんですね。
だから、人から「貴方は天才だ」とか「才能でやってきた」と言われるのが凄く嫌だったんです。単純に人よりも音楽のことを考えている時間が長いだけなんだよ、ということを自分で証明したいです。
また、自分でも苦労してきた分、テクニックのことでも同じ苦労している人に対しても何か手助けになることもたくさんあると思うので、これから日本のフルート界のさらなる発展に貢献するのは当たり前のことなんじゃないかなと思うんです。自分がただ楽しくやっていても、それだけでは仕方のないことだと思うんですよね。

 

――まだお若いのに立派だなぁ・・・本当に感心します。ところで上野さんは、音楽以外に趣味をもたれていたりするんですか?

 

上野:そうですね、今はあまりやらないんですけど、スポーツが好きです。サッカーとか好きですし、ヨーロッパでも週末に時間がある時にはやっていました。
最近はちょっと出来ていなくて、身体がなまっちゃっているんですけど。サッカー、今でもやりたいですねぇ。

 

――そうなんですか。スポーツ、良いですね。でもケガをしないように気をつけてくださいね。
それでは最後に、将来の夢を教えて頂けますか?

 

上野:常に自分の中で出来る最高の演奏していくということは当たり前のことなんですけど、それプラス、演奏会をやっていく中でフルートとか音楽をやったことのない人たちが自分の音楽によって新しい世界を見つけて、小さな子たちがフルートをやってみようかな、音楽をやってみようかなって思うきっかけを作れるような演奏家になりたいですね。

(2016年3月5日、青山音楽記念館・バロックザール)

2015年度青山音楽賞受賞者インタビュー⑥ヴェセリン・パラシュケヴォフ&村越知子(ヴァイオリン&ピアノ・バロックザール賞)

今回、バロックザール賞を受賞された唯一のデュオ、ヴェセリン・パラシュケヴォフさんと村越知子さん。
インタビューの中でも話題に出ましたが、アンサンブルは「継続すること」に意義があると同時に、それが一番の難しさでもあると思います。
しかし、パラシュケヴォフさんと村越さんは2002年からデュオを組まれているということで、共演歴は10年超え!
その秘訣やアンサンブルの楽しさなどについて、お聞きしました。

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ヴェセリン・パラシュケヴォフ&村越知子:デュオ・リサイタル(2015年4月11日(土))
かつてウィーン・フィルのコンサートマスターを務めていたパラシュケヴォフと村越によるデュオ・リサイタルは、格調高さを感じさせるステージであった。彼らは12年もの月日を共に演奏し、さまざまなレパートリーを手中に収めてきたベテラン・デュオである。受賞対象公演では、モーツァルト、プーランク、シューマンのヴァイオリンとピアノのためのソナタが演奏されたが、互いに思いやり、バランスに気を配りながら弾き進められていた。ウィーンの薫り漂うパラシュケヴォフのヴァイオリンに寄り添う形で、村越のピアノが語りかける。これこそが「デュオ」だと思わせるような演奏だった。今後もデュオとしてステージを重ねて欲しいとの願いから、ここに青山音楽賞「バロックザール賞」を顕彰する。(2015年度第25回青山音楽賞授賞式プログラムより)

 

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――この度は受賞おめでとうございます。まずは、お二人がデュオを組まれたきっかけを教えていただけますか?

 

村越さん(以下敬称略):私は、2001年度に青山音楽賞「音楽賞」(現「青山賞」)を受賞したのですが、その折に、藤原靖彦先生が「パラシュケヴォフさんという方が来年演奏会をしに日本にいらっしゃるのだけど、あなた伴奏してみない?と仰ってくださったんです。それで「ぜひやりたいです」とお答えしたのがきっかけです。

 

――まぁそうだったんですか!わたしはてっきりヨーロッパで出会われたものだと思っていました。

 

村越:いえ、違うんです。日本で出会いました。実は、パラシュケヴォフ先生の奥様は日本の方なのです。そのご縁もあって、日本によく来られているのですが、日本人のお弟子さんもたくさんいらっしゃって、これまでも日本でたくさん活動なさってきました。

 

――プロフィールの欄に「毎年継続して活動をしている」と記載されていましたが、アンサンブルの難しさの一つに「継続」があると思うのです。これに関してはどうお考えですか?

 

パラシュケヴォフさん(以下敬称略):アンサンブルは1回か2回、演奏会でやって「それじゃ、さようなら」というわけにはいかないです。そういう場合は「ヴァイオリン」と「その伴奏(ピアノ)」という関係性にしかなりません。
「室内楽」というスタンスで音楽をする場合、例えばモーツァルトとかベートーヴェンとかブラームスとかだと、「ピアノとヴァイオリンのためのソナタ」と書いてあって、ピアノ・パートも重要になってくるわけです。
だからこういう楽曲を「ヴァイオリン」と「その伴奏」で演奏しても形にならない。
必然として、同じ音楽を2人でやるということはどうしても時間がかかります。アンサンブルとして継続させないと意味がないのです。

これは、いわゆる「ヴァイオリン・ピース」と呼ばれる作品にもあてはまることだと自分は考えています。一般的に、ヴァイオリン・ピースのピアノは「伴奏」です。
でも、室内楽と同じスタンスで演奏しないと良い音楽は生まれてきません。
テンポと音を合わせて演奏すれば良いという問題ではなく、2人で「同じ音楽を演奏している」という意識が必要です。それには、時間が必要なんですよね。

 

――なるほど、そうですよね。お二人で予定を合わせるのはなかなか難しいことだと思います。

 

村越:私はイタリアに住んでいて、先生はケルン郊外にお住まいです。お互いそれぞれの生活がありますので、前もって「この週末は空いているよ」と連絡を取り合って練習しています。
主に私が飛行機に乗って、先生のところまで参ります。

 

――お二人がここまで長くデュオを続けてこられた「秘訣」はなんでしょうか。

 

パラシュケヴォフ:リサイタルには、一般的に滅多に演奏されることのないシューマンの2番のソナタをプログラミングしました。
このソナタのことはずっと前からやりたいと思っていて、ソナタ1番を書いて満足出来なかったシューマンが生み出したものこそ2番だと考えていました。
2番のソナタの方が良い音楽ではないかということを確かめたかったのです。
でも、その作業は一人では出来ません。一緒に勉強出来るパートナーが必要なんです。
それを実行するためには、自分とパートナーとの間にかなりの親密な信頼感というものがないと絶対に出来ません。私たちがこれまでデュオを続けてこられたのは、この絶対的な「信頼感」があったからこそなのです。

 

――演奏する際に信頼しきれるという関係はとても貴重なものだと思います。今回のリサイタルのプログラミングはどのように決められたのですか?

 

パラシュケヴォフ:まず、シューマンの2番のソナタを弾こうという思いがありました。
それを演奏する場合、どこに配置するか、何と演奏するかということを考えた時に、このプログラム(モーツァルト、プーランク、シューマン)になったのです。
シューマンがプログラムの要でした。

 

――なるほど。そのリサイタルを終えられた時のお二人の手応えというものはいかがでしたか?

 

村越:私は、ですが「うまく弾けたな」とは思わなかったですね。
今回は、いつもにも増してシビアな感じがありました。シューマンのソナタ2番をやろうと仰ったのは先生からだったのですが、そのシューマンにかける思いや挑戦というものを私を介して行われるわけです。だから、その日こうやってみて気に入らなかったら明日はああいうふうにしてみたり・・・という作業が続きました。そういう作業は私からすると、とてもシビアなものだったのです。全部弾き切った時はぐったりしていました。

 

パラシュケヴォフ:ベートーヴェンもブラームスも似たようなことがあるのですが、シューマンのソナタにおける問題というのは、楽器です。
ピアノは当時と比べると大きく変化しました。シューマンの2番のソナタには、ピアノ・パートとヴァイオリン・パートの音域が低いところで重なるところがあります。
当時のピアノと演奏すると全く問題がありません。
しかし、現在のモダン・ピアノで演奏すると、オーケストラのような大音量を出すことが出来るので、非常にバランスが悪いのです。そこが難しかったですね。

 

――なるほど。この日のリサイタルはたしか、ベーゼンドルファーのインペリアルを選ばれましたよね。音量のコントロールなどは難しくなかったでしょうか?

 

村越:響きは増しましたが、ドイツものを演奏する時にベーゼンドルファーは決定的に音色が合うのです。あとはペダルとかタッチとかでなるべくガンガン鳴らさないように、気をつけました。
特にペダルに関しては、本当に必要な箇所だけに留めました。もちろんこのようなことは、うまくいくときとうまくいかないときがあるのですが、このような方法でコントロールしました。

 

パラシュケヴォフ:お互いにとって心地よい「バランス」を見つけるのに時間をかけてきましたので、本番はとてもうまくいきましたよ。

 

――ところで、バロックザール賞受賞のニュースを聞かれた時、お二人ともどのようなお気持ちでしたか?

 

パラシュケヴォフ:このような賞は、若い人たちのためにあると思っていました。私はそこまで若くないので(笑)。私に下さる賞があるということが素晴らしいなと思います。

 

――この賞は年齢には関係なく、素晴らしいアンサンブルを聴かせて下さった方々に差し上げている賞なんですよ!
それでは、最後にお二人の今後の夢を教えて頂けますか?

 

パラシュケヴォフ:今は楽器を上手に弾く人はたくさんいますが、やっぱりそれが全てではないので、自分の命のある限り、音楽に対する愛、音楽で語ることの出来る愛に拡がりを持たせることの出来るような演奏を心がけていきたいです。

ところで、神さまが存在するかしないかって、人間はよく考えますよね。ナンセンスかもしれませんが、私は美しい音楽が流れている瞬間は神さまがいると思うのです。
これは音楽だけではなく、他のアートでもそうです。とても美しいことを、日本語で「神々しい」と言いますよね。美しい瞬間に、神さまが存在すると思うのです。
そういう気持ちを持ち続けることってとても大切なことだと思うのですよ。

 

――本当にその通りです。何気なく使っている「神々しい」という言葉について、目から鱗でした。素晴らしいお話をありがとうございました。またお二人のデュオを拝聴出来る日を楽しみにしています!

(2016年3月5日青山音楽記念館・バロックザール)

 

2015年度青山音楽賞受賞者インタビュー⑤周防亮介さん(ヴァイオリン・新人賞)

2015年度青山音楽賞受賞者インタビュー第5回は、新人賞を受賞されたヴァイオリニストの周防亮介さんです。
受賞対象となった周防さんのリサイタルは、夏の終わり(8月29日)に開催されたのですが、エルンストの≪夏の名残のバラ≫という曲から始まるという、なんとも粋なプログラムでした。
一つ一つ言葉を選びながら、とても丁寧にインタビューに応じてくださった周防さん。
演奏だけではなく、ファッションもとってもお洒落だったのが印象的で、思わず「素敵なお洋服ですね!」とお伝えしてしまったほど。
そんな周防さんからは、ヴァイオリンを始めたきっかけやプログラムにかけた想いなどをお聞きしました。

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周防亮介 ヴァイオリン・リサイタル(2015年8月29日(土))
わずか20歳にして、驚くべきエンターテイナーである。おそらく周防のリサイタルを聴いた観客全員が、彼から終始目を離せず、その演奏に興奮したことだろう。周防は、並大抵ではない集中力と演奏技巧を備えているが、音楽の駆け引きも巧い。ベテラン・ピアニストの上田晴子にも臆すること無く仕掛ける上に、観客を喜ばせることにも長けている。プロコフィエフの《ヴァイオリン・ソナタ第2番》では、リラックスした音から攻撃的な音まで、幅広い表現力を見せた。プログラム最後のワックスマン《カルメン幻想曲》は特に秀逸。艶のある音色でたっぷりと歌った後に見せた超絶技巧に、審査員一同舌を巻いた。これら見事な演奏は、日々の誠実な努力の賜物だろう。さらなる飛躍を願いつつ、ここに青山音楽賞「新人賞」を顕彰する。(2015年度第25回青山音楽賞授賞式プログラムより)

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――新人賞受賞、おめでとうございます!
周防さんは今20歳ということで、まだまだお若いですが、ヴァイオリン演奏はとても堂々としていて感動しました。いつヴァイオリンを始められたのですか?

 

周防さん(以下敬称略):ヴァイオリンを始めたのは7歳だったんです。きっかけは、母がピアノの教師をしていたこともあって、幼少期から音楽は身近な存在だったんですけど、5歳くらいの時にオーケストラの演奏会につれていってもらうことがありました。
その時に休憩時間に「楽器体験」が出来るようなコーナーがあったんです。そこでヴァイオリンを初めて触らせてもらって、すぐに虜になりました。
それで両親に「習いたい」というふうに伝えたのですが、「ヴァイオリンは難しいから」となかなかやらせてもらえなかったのです。「家にピアノがあるじゃない」ということもあって・・・
でも、2年粘り続けた結果「どうせ難しいから、1ヶ月くらいで音を上げるだろう」ということでヴァイオリンを習わせてもらえたのです。

 

――2年も粘ったって、凄いですねぇ。よほどヴァイオリン演奏が楽しかったんですね。

 

周防:そうですね。でも、7歳でヴァイオリンを始めるということはとても遅いスタートなんです。早い人だったら2歳とかで始めますから。
初めに習った先生にも「プロとしてやっていくにはスタートがちょっと遅いから」というようなことは言われたのですが、自分としてはプロとしてやっていくつもりはなく、ただたんにヴァイオリンが好きだから始めた、という感じでした。
だから初めは、レッスンの時に先生からハナマルをもらうのが嬉しくて、次もハナマルをもらうために続けていたようなものでした。でも小学校4年生くらいから、コンクールを受けるようになったり、先生も厳しい先生に代わったりして、生活自体がヴァイオリン一筋になっていきました。
自然な形で「ヴァイオリン一本でやっていこう」と思えましたね。

 

――そうでしたか。練習は嫌いではなかったですか?

 

周防:それが、全く苦痛とかではなかったのです。小さい頃は、20分練習したら5分休憩して、ということを何回も重ねてやっていました。これは母親のアイディアなんですけど。
20分って、弾いているとあっという間なんです。だから本当に楽しく練習していました。

 

――今はどれくらい練習なさっていますか?

 

周防:今は・・・そうですね。うーん、学校がある日とない日とでは全然違うんですけど、だいたい平均して6,7時間やっていますね。

 

――おお~、起きている時間の半分くらいはヴァイオリンを弾いていらっしゃるのですね。すごいなぁ。
ところで2015年には出光音楽賞も受賞なさっていますよね。そして、同年に青山音楽賞の新人賞も受賞されました。2015年は周防さんにとって、どんな一年になりましたか?

 

周防:憧れだった2つの賞を頂けるなんて本当に思ってもいなかったので、受賞出来ると知った時は『本当かなぁ~』と思いました。1年間でこんなに大きな賞を2つも頂いてしまったから、一生分の運を使い果たしてしまったのではないか、と心配になりました(笑)

 

――そうなんですか!わたしも周防さんのリサイタルを聴かせて頂きましたが、バロックザールに来てくださって本当に嬉しかったですよ。しかもチケットは完売でしたね。

 

周防:あの日はお客さんももちろんですけど、ホールのみなさんもとても温かく迎えてくださったので、気持ち良く演奏することが出来ました。

 

――本当に素敵な演奏でした。あのプログラムはどういうコンセプトで組まれましたか?

 

周防:今回は上田晴子先生にピアノ伴奏をお願いしたので、上田先生と一緒にプログラムを考えました

 

――上田晴子先生とはどのようなご縁なのですか?

 

周防:初めてお会いしたのは中学1年の時だったのですが、いま師事している小栗まち絵先生のお宅にジャン=ジャック・カントロフ先生(Jean-Jacques Kantorow、62年パガニーニ国際コンクール覇者)がいらして、通訳として上田晴子先生もいらっしゃったのです。
その時に声をかけてくださって以来、本当によくして頂いています。

実は、リサイタルという形で上田先生と共演させて頂くのは今回が初めてだったのですが、地元京都で演奏する時に「上田先生とぜひ共演したい」と思って、実現しました。

エルンストは「夏の名残のバラ」というタイトルもあって、ちょうどこの8月29日も夏がだんだん終わっていくという時期だったので、タイトルとかけてみました。
あと、エルンストは個人的にすごく大好きな曲で、弾いていてすごく気持ちがいいのです。だから1曲目にしました。
2曲目と4曲目のドビュッシーとプロコフィエフのソナタは、これまであまり勉強してこなかった近代の曲です。これまで古典派とかロマン派とかばかり弾いてきたので、上田先生とお話していた時に「せっかくリサイタルをやるんだから、新しい曲もやってみよう」という流れになりましたし、自分自身も先生から新しいことを教わりたいと思って選びました。

 

――それにしても、大曲揃いでしたね。

 

周防:プログラムを組んだ時は「やりたい」と思って選ぶんですが、あとになって「こんな曲しなきゃよかった~」と思うことはありますね。

 

――準備は大変でしたか?

 

周防:そうですね。でも、上田先生と練習を重ねて、多くのことを学ぶことが出来た貴重な時間でした。

 

――特に印象に残っている曲はありますか?

 

周防:そうですね・・・うーん、プロコフィエフかな?それまでプロコフィエフってあまりやってこなかったのです。だから初めはあまりしっくりこなかったのですが、色々プロコフィエフについてお話を聞いたり本を読んだり、色々勉強をしたら、抑圧された背景の中にもちょっと憧れだったとかチャーミングなところとか面白いリズムだとか、そういうところが見えてくるようになりました。
上田先生が今まで色んな方と共演されてきた中で分かったことを、色々と教えてくださったということもあってすごく楽しかったなと思います。

 

――リサイタルが終わったあとの手応えってどうでしたか?

 

周防:「新人賞をもらえれば嬉しいなぁ」という気持ちはありましたけど、それ以上に関西でリサイタルをするということに喜びを感じていました。
これまで、あまり関西で演奏する機会を得ることが出来なかったので、地元京都で関西の方に自分の演奏を聴いてもらいたいという気持ちが強かったです。
だから、充実感を凄く感じましたし、リサイタルを開催して良かった、という気持ちでいっぱいになりました。

 

――ところで、将来的に留学を考えていらっしゃるとか。

 

周防:そうなんです。でもまだ「この国がいい」とかはなくて、漠然と、ヨーロッパで音楽の勉強が出来たら良いなぁとは思います。

 

――きっと留学から帰ってこられたら、もっと成長されているのでしょうね。楽しみです。
それでは、最後に将来の夢を教えてください。

 

周防:まだ20歳でこれから何十年もヴァイオリンを弾き続けていくと思うんですけど、これからもっと広い世界に出て色々なことやものを見聞きして経験を重ねて、色々吸収して、人としても音楽家としても、さらに大きく成長出来るようになれたら良いなと思います。

(2016年3月5日青山音楽記念館・バロックザール)

 

2015年度青山音楽賞受賞者インタビュー④辻本玲さん(チェロ・青山賞)

受賞者インタビュー4回目は、青山賞を受賞されたチェリストの辻本玲さんです。
実は辻本さん、青山音楽賞始まって以来初の新人賞・青山賞のW受賞者となりました。
(新人賞は公演時に25歳以下であること、青山賞(旧音楽賞)は26歳以上(以前は26歳以上35歳以下)であることが条件です)
ソリストとして大活躍中の辻本さんへのインタビューは、終始笑いっぱなし!あっという間の20分でした。

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辻本 玲:チェロ・リサイタル(2015年10月10日(土))
ダイナミックかつ豊かな音色でチェロを響かせる辻本の演奏は、いつ聴いても心地よい。受賞対象公演もその期待を裏切ることなく、伸びやかで抒情的な音楽に満ちていた。すでに日本を代表するチェリストとして第一線で活躍する辻本であるが、どのような曲でも弾き飛ばすことなく、誠実に音楽と向き合う姿が印象的であった。ブラームスのチェロ・ソナタ第2番や、プロコフィエフのチェロ・ソナタでは、辻本の魅力が最大限に発揮され、的確なテクニックと持ち前の美しい音色で観客を唸らせた。ピアニストの須関裕子のサポートも素晴らしく、辻本のチェロに華を添えた。青山音楽賞設立以来、初の「新人賞」(2007年)・「青山賞」ソロW受賞となった辻本の更なる飛躍を願い、ここに青山音楽賞「青山賞」を顕彰する。(2015年度第25回青山音楽賞授賞式プログラムより)

 

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――まずは受賞おめでとうございます。青山音楽賞始まって以来の「新人賞」「青山賞」W受賞となりましたが、新人賞を受賞された当時と比べて何か手応えとか感触とか、やっぱり変わりましたか?

 

辻本さん(以下敬称略):受賞したのって、何年前でしたっけ?

 

――けっこう前ですよね・・・2007年に受賞されています。

 

辻本:ああ、大学を卒業してすぐ後くらいだったんですね。そうですね、当時と比べて余裕がありましたよね。音楽的にも気持ち的にも余裕がありました。

当時は、ちょうど留学をしようかという時だったんです。フィンランドとスイスに、4年半行きました。それで、そのフィンランドの時に新人賞を受賞した時に頂いた研修費を使わせて頂きました。

 

――なるほど。8年ぶりにバロックザールに戻ってこられたきっかけは何でしたか?

 

辻本:東京の音楽事務所に入って4,5年経つんですけど、それからは東京で毎年リサイタルを開催させて頂いていました。
それとあわせて名古屋と、関西の会場でいつもコンサートをしていたのですが、今回場所を決める時に「久々にバロックザールで弾こう」と思ったのです。

 

――バロックザールでの弾き心地ってどうなんでしょうか?

 

辻本:例えばソナタとか、細部のディティールとか、そういうものを聴いて頂くにはちょうど良いホールかな、と。響きも良いですしね。

 

――そういえば、辻本さんが今回組まれたプログラムにもソナタが2曲(ブラームスの2番とプロコフィエフ)が入っていましたね。

 

辻本:毎年リサイタルをしていると、プログラミング出来る曲も少なくなってくるんですよね。

プロコに関しては、昨年4月に新日本フィルとプロコフィエフの《交響的協奏曲》を演奏したんです。その流れでプロコのソナタを入れようかなと思いました。

 

――そういう大曲の間にショパンの小品が入っていましたね。ピアノ曲のノクターン第2番をチェロ用に編曲したものでした。

 

辻本:僕のリサイタルって、最初はわりと真面目に弾いて、後半の最初は小品を弾いて、最後はまた真面目に弾くんです。そうすることによって、お客さんも聴きやすいと思うんですね。
チェロの小品といってもチェリストの中では有名でも、一般の方からすると知らない曲が多いのです。
でもショパンのノクターンだったら、皆さん知っているでしょう。

 

――色々と練られたプログラムだったんですね。
ところで、辻本さんはどのようにしてチェロを始められたのですか?

 

辻本:5歳上の姉がヴァイオリンをしていたということもあり、クラシック音楽は小さい頃から身近にありました。
僕は幼少期にフィラデルフィアというところに住んでいたのですが、そこにカーティス音楽院という有名な学校があって、その発表会を見に行った時にたまたまチェロを弾いている子がいたのです。
それを見て習い始めました。6歳くらいでしょうか。その前にピアノは習っていたのですが。

 

――6歳から始められて一度も「チェロをやめたいなぁ」と思ったことはありませんでしたか?

 

辻本:一回だけありますね。その時はただ、ひたすら遊びたかったんです。

 

――(笑い)

 

辻本:その時、宿舎に住んでいて、同い年の子がいっぱいいたんです。自分はチェロの練習をしているのに、その子たちは外で楽しそうにサッカーをしている。
それを見て「チェロをやめてサッカーしたいな」って思ったんですよね。
まぁ、一日でチェロを再開しましたけれど。

 

――チェロって一日どれくらい練習するものなんですか?

 

辻本:そりゃ、やばい時は一日中やってます。

 

――「やばい」時・・・(笑)なるほど。
辻本さんからチェロを学ばれている方たちに何かアドヴァイスをするとしたら、どんなことでしょうか?

 

辻本:「録音」ですね。練習を録音すること。
基本的に弾けない人っていうのは、練習の仕方が下手なんですよね。たいていの人っていうのは、録音するって言っても演奏会だとか、特別な時にしか録らないじゃないですか。
で、聴いてみて「あれーうまくいってない。まぁでも緊張していたから」とか言っちゃう
。でもそうじゃなくて、練習の仕方がマズイから上手くいかないんですよね。
ちょっとした練習の時でも録音して聴いてみて、どういう練習をしているからマズイのかということに気付く必要があります。

例えば音程が悪いという時も、自分でわーっと弾いている時って案外耳はシャットアウトしてしまっている場合が多いのです。
でも録音だと冷静に聴くことが出来ます。そこに座って弾きながら聴く自分と、客観的にその音を聴く自分との間に出来るギャップを少しずつ埋めていくことが大事なんですよね。

 

――仰る通りです。学習者の皆さん、「とにかく録音を聴け!」ですよ(笑)
ところで、辻本さんのリサイタルでは、1724年製のストラディヴァリウスを使用されましたよね。これはどんな楽器なんですか?

 

辻本:NPO法人のイエロー・エンジェル(株式会社壱番屋の創業者、宗次徳二氏が設立)から貸与された楽器です。イエロー・エンジェルは音楽家支援に取り組んでいらっしゃるところなのですが、若い奏者に良い楽器を貸与する事業もなさっているのです。

最初はこの楽器に慣れるのに大変でしたね。
前まではイギリスの楽器を使用していたんです。オールドなんですが、けっこう簡単にふわっと音が出る楽器でした。
今回貸与を受けたストラドはイタリアの楽器ですよね。銘器なんですが、圧力の入れ方ですとか、そういうことが前の楽器とは全く異なりまして、最初は全然音が鳴らなかったのです。
『これ、ほんまに銘器か?』と思いましたね(笑)
それくらい、自分で楽器を鳴らすことが出来ませんでした。でも一年くらい経つと、ようやく楽器のことも分かってきて、バランスも良くなってきましたね。

 

――楽器のことをあまりよく知らない方からしたら「ストラディヴァリウス」というだけで「特別に良い音が鳴る」と思いますけど、違うのですね。

 

辻本:年末にやっている格付けの番組※って見てはります?
(※テレビ朝日系「芸能人格付けチェック」のこと。楽器を隠した状態で、総額数億円の銘器と初心者用の楽器による演奏を聞き分けるコーナーがある)

 

――・・・はい、見ています。

 

辻本:あれね、絶対分からないですよ。
弾いている方々には申し訳ないけれど、普段弾き慣れないストラドとか演奏しても、楽器が鳴らないんですよ。意外と安い楽器の方が簡単に鳴っちゃうんです。

 

――仰っている意味、とてもよく分かります!

 

辻本:あとはモザイク越しに、楽器の色が濃いか薄いかで見分けたりね。

 

――(爆笑)

 

辻本:そうじゃないと、分かりませんよ!
例えばですよ、弾いている奏者が(フランク・ペーター・)ツィンマーマンだったりしたら、そりゃ一発で当てられますよ。でも普段から弾き慣れていない楽器だったり、自分の楽器じゃないものだったりすると、楽器は鳴ってくれないですよね。

 

――じゃぁ、毎回正解を言い当てるGACKTは・・・あれはヤラセなのかな。

 

辻本:彼はきっと「コツ」を分かってるんでしょうね。
高価なワインだって、「これは靴下の臭いがするぞ」とかで、きっと当ててるに違いない。

 

――靴下の臭いですか!(爆笑)

 

辻本:そういうもんでしょう?「(価格が)高いものはこういうクセがあるぞ」ってね。
僕はお酒が飲めないので分からないですけど。

 

――もっと面白いお話をお伺いしたいのですが、そろそろ時間ですので、最後に今後の夢をお聞かせ下さい。

 

辻本:・・・夢、・・・もっとチェロがうまくなりたいです。

 

――シンプルな夢ですね(笑)それ以上うまくなりますか?

 

辻本:なります。これからもっと経験値を積んでいきたいです。
オーケストラにも入ったので、これまで触れてこなかった作曲家の作品を演奏出来ます。
そういうところで得た経験や知識をソロ演奏に還元できたら良いなと思います。

(2015年3月5日、青山音楽記念館・バロックザール)