Monthly Archives: 12月 2013

【平成25年度奨学生インタビュー⑧】関根祥丸さん(能楽・観世流シテ方)

平成25年度奨学生インタビューもいよいよ最終回を迎えました。

今日は、東京藝術大学音楽学部邦楽科能楽専攻2年に在籍している、関根祥丸さんからお話をお伺いします。
関根さんは能楽師のご一家に生まれ、2歳より舞台に立たれて来ました。

来年3月の演奏会では、16日昼の部に出演してくださいます。演目は世阿弥の仕舞『忠度』です。
バロックザールは洋楽専門のホールなので、どのような舞台になる未知数ですが、素晴らしい演技を見せてくださることと思います。

関根祥丸さん(東藝)

――今回、45名いらっしゃる奨学生の中で、邦楽を専攻していらっしゃる方が3名いらっしゃいます。今日はその方々を代表して、能楽を専攻していらっしゃる関根さんからお話をお伺いしたいと思います。関根さんは、いつ能楽に出会われたのですか?

能との最初の出会いは、母のお腹の中かもしれません。私の家は代々能楽師を家業にしておりましたので、産まれる前から謡を聞かされていたそうです。初舞台は2歳、12歳までは子方として舞台に立っていましたが記憶は鮮明ではないです。

能楽師として生きていこうと決めた日が、第二の能との出会いとすれば、それは東京芸術大学に入学することを考え出した、高校2年生の頃でしょうか。ですが、小学生の頃から自分が将来能楽師になるという事は想像しておりましたし、はっきりと自覚したのが高校2年生ということであって、他の職業に就くことはあまり考えませんでした。

 

――これまでお話を伺った洋楽専攻の方々とは、音楽との出会い方が異なりますね。2歳で初舞台を踏まれたとは・・・。お父様もお祖父様も代々能楽師でいらっしゃったのであれば、物心つく前から舞台に立つ生活を送られていても、それがごく自然なことのように感じるのでしょうね。ところで関根さんは、能楽の中でも「観世流シテ方」でいらっしゃるそうですが、これはどんなものなのでしょうか。

シテ方とは舞台上で、シテ(主役)、ツレ(準主役)、地謡(心情描写や情景描写を謡うコーラス隊)、後見(歌舞伎で言う黒子のような役割)を勤める人の事を指します。また、能の楽屋には衣装さんや大道具さんはいないので、装束を着せたり、作り物と言われる大道具を作ることもシテ方の仕事です。舞台上の上手さだけではなく、楽屋での的確な動きができて始めて一人前の能楽師と言えます。

 能楽の世界はシテ方、囃子方、ワキ方、狂言方に分かれ、そのそれぞれにいくつかの流儀が存在します。各流儀で能に対する考え方に違いがあるため、演出の仕方や面装束の扱い方、謡い方や舞い方に差異があります。観世流とは、シテ方の中にある五つの流儀の内の一つで、五流で一番人数の多い流儀です。

 

――驚きました。衣装を着ることや大道具を作ることもシテ方のお仕事に入るのですね。わたしはてっきり、裏方さんがしていらっしゃるとばかり思っていました。興味深いです。
ところで気になることが一つあるのですが・・・ピアノやヴァイオリンなどのレッスンは想像がつくのですが、能楽専攻の方は大学でどのようなレッスンを受けていらっしゃるのですか?

全部で7種類あります。まず、主専攻の稽古として、舞と謡と地拍子の稽古があります。地拍子の稽古とは、能特有の拍子に合わせて謡う稽古のことです。その他に四拍子の稽古、つまり、笛、小鼓、大鼓、太鼓の稽古があります。シテ方は本番の舞台で楽器を演奏することはありませんが、四拍子について一通り知っていなくてはいけません。これら7つの稽古は全て個人レッスンで、基本的に謡本を見て稽古することはありません。そのため、暗記作業は毎日欠かすことができません。 

 

――まぁ!7つもお稽古があるのであれば、稽古時間も自然と長くなるでしょう?それらをどのように練習なさるのですか?

毎日必ず、一度は舞台に立って稽古するようにしています。謡を謡う時もあれば、舞いの稽古をすることもあります。自宅に本舞台と同じ広さの稽古舞台があるので、自分の稽古は大体自宅ですることが多いです。実際に舞台に立って稽古する以外にも、通学途中や暇な時間には、謡本を開いて暗記したり、調べ物をしたりと、毎日の積み重ねを欠かさないように心掛けています。

 

――毎日の積み重ねが重要というところは、何事にも共通する事柄ですね。
来年3月に開催される『若き音楽家たちによる音の祭典』では、世阿弥の仕舞「忠度(ただのり)」を演じてくださいます。能楽を初めて鑑賞する聴衆のみなさんに、演目の内容を簡単に説明してくださいますか?

忠度というのは平家の武将の名です。忠度は、武道は勿論、歌の道にも優れていました。歌の師であった藤原俊成は、千載和歌集に忠度の歌を選ぼうと考えました。しかし、源氏の世となり、朝敵となってしまった忠度の歌は、詠み人知らず、として歌集に載ります。その後忠度は一ノ谷の合戦において岡部忠澄と戦い、討ち死にしてしまいました。

能の忠度では、忠度の幽霊が現れ、以前俊成の弟子であった僧侶に、歌集に自分の名が乗らなかったことが、生前の無念であったと述べ、どうか歌集の名前を明かして欲しいと言います。その後、一ノ谷の合戦に際して、俊成の家を訪れ、歌を託して出陣した事。岡部忠澄に討たれた事。更に忠度を討った忠澄が、その死骸の箙につけられた短冊から忠度と判り、労しく思った心情を僧侶に見せ、死後の修羅道の苦しみを弔って欲しいと言って消えてゆきます。

仕舞とは、能の一部分を面、装束をつけずに紋付、袴で舞う、略式の演出方法です。忠度の仕舞では、僧侶に生前の最期の有様を語るところを舞います。
能は背景も無ければ大掛かりな装置もありません。謡いと舞のリズムや速さ、強弱からどんなシーンかを想像して頂きたいのです。

今回の忠度の仕舞では、大きく4つの場面に分かれています。最初は俊成に自分の歌を託しに行く場面。次に一ノ谷の合戦の戦いの場面。ここから謡も舞も激しくなります。激しい戦いの末、忠度が殺されます。3つ目の場面では、一時的に忠澄の立場を演じ、忠度の持っていた短冊に記された和歌を、ゆったりとしたリズムで読み上げます。殺した相手が忠度であることに驚くシーンです。最後の場面は、僧侶に修羅道から救いを願うところです。
このように一曲の中で、心情がめまぐるしく変わる所が、この曲の面白さと言えます。

 

――演目の説明を聞いていると、忠度が抱く歌への執着というか、深い執念というものを感じます。今回、バロックザールという、能楽堂ではない舞台で演じてくださるので、何かと不便があることと思いますが、関根さん演じる忠度が楽しみで仕方がありません。
さて、最後になりましたが、関根さんが目指される理想の能楽師像を教えてください。

日本中の人に自分の舞台を観て頂いて、面白かった、また観たい、と思わせることのできる能楽師になることです。勿論、自分は能の全てを理解している訳では無いですが、能の素晴らしさを知る者として、少しでも多くの人に能を観て頂きたいと考えています。その為に、能に関するあらゆる事を勉強し、精進していきたいと思います。

 

――今回、バロックザールには能楽に初めて触れるというお客様がたくさんいらっしゃると思います。そのような方たちに、関根さんの演技を見ていただくことが出来るのは、演奏会を企画する者としても大変嬉しいことです。今後のさらなる活躍をお祈りしています。今日はありがとうございました。

【平成25年度奨学生インタビュー⑦】宇根康一郎さん(クラリネット)

奨学生インタビューもいよいよ残すところ、あと2回となりました。
第7回目の今日は、沖縄県立芸術大学に在籍していらっしゃる、クラリネット専攻4年の宇根康一郎さんからお話をお伺いします。

宇根さんは、2013年、第19回おきでんシュガーホール新人演奏会オーディションにて、グランプリを受賞なさいました!
これからの活躍がますます期待出来る、若手クラリネット奏者です。

宇根さん(沖縄県芸)

 

――宇根さんこんにちは!
まずは、クラリネットを始められたきっかけを教えていただけますか?

中学校の時の部活紹介で、吹奏楽部が演奏している姿を見て感動し、部活に入ってクラリネットの魅力にはまっていったのがきっかけです。

 

 

――なるほど、特に管打楽器の方は、中学や高校の部活で楽器に出会われるケースが多いような気がします!
部活中にクラリネットの魅力に惹かれ、沖縄県立芸術大学に入学されたわけですが、大学ではどのような学校生活を送られていますか?

一般教科や教職の授業も勉強しながら、室内楽やオーケストラなどの演奏会にもたくさん出させていただいて、学習面でも音楽面でも毎日充実した学校生活を送っています。

 

 

――沖縄と聞くと、個人的に綺麗な海や風景が思い浮かぶのですが、普段どのような環境で音楽を学ばれているのですか?

沖縄県芸はどのコースも少人数なので、学生同士の仲も良く、先生方も親身になって教えてくださる温かい環境です。人数が少ないため、学生一人一人がたくさんの演奏会を経験することができます。また、学校からは首里城も見えたりと、自然も豊かな環境で練習でき、音楽を勉強するのにとても適した場所だと思います。

 

 

――わぁ、とても羨ましいです!伸び伸び演奏出来そうですよね。沖縄の大自然に触れていると、音楽観も変わっていくような気がします。
さて、来年3月に開催さ『若き音楽家による音の祭典は、沖縄からはるばる演奏のために京都へいらしてくださいます。
その時に演奏される曲が、ケルターボーン作曲《クラリネットとピアノのための4つの小品》です。初めて耳にする楽曲なのですが、聴き所を教えていただけますか?

即興性の高い曲なので、次から次へと移り変わる音楽を自分の中で解釈するのにとても時間がかかりました。本番では、ケルターボーンの作品の独特な雰囲気を、クラリネットとピアノのアンサンブルで表現したいと思います。
また、沖縄県外での演奏会は初めてなので、沖縄とは違った空気や雰囲気を感じながら、楽しい舞台にしていきたいと思います。

 

 

――沖縄県外での演奏が初めてとのこと、バロックザールはとても良い響きを持つホールなので、きっと宇根さんにも気持ちよく演奏していただけると思います。
わたしたちも、宇根さんのケルターボーンを楽しみに待っています!
それでは最後に、今後の目標について教えてください。

今後はもっと音楽を勉強したいので、卒業後はドイツに留学し、自分自身の音楽性を高め、演奏を聴いてくださる方々に楽しんでもらえるような音楽家になれるよう、精進していきたいと思います。

 

 

――高い志で音楽を学ばれている宇根さん、ドイツ留学が叶うと良いですね!応援しています。今日はありがとうございました!!

【平成25年度奨学生インタビュー⑥】丸尾祐嗣さん(ピアノ)

平成26年3月16・23日の両日にわたり、平成25年度青山財団奨学生によるコンサート『若き音楽家たちによる音の祭典』が開催されます。

入場のためには整理券が必要ですが、12月1日から申込受付が始まりました。
受付直後から多くの反響をいただき、すでにたくさんの皆さまからお申し込みをいただきました。
詳細は以下のページをご覧ください!
http://www.barocksaal.com/concert_schedule/concert2014031623.html
応募締切日である2月1日より前に整理券が全て出てしまう可能性があります。
ご希望の方はお急ぎ下さいませ。

さて、奨学生インタビューも6回目となりました。
今日は愛知県立芸術大学音楽学部に通われているピアノ専攻4年の丸尾祐嗣さんからお話をお伺いします。
丸尾さんはこれまで多くのコンクールに出場され、入賞された経歴をお持ちの方で、すでにソロリサイタルも開催されている、気鋭の若手ピアニストです。

丸尾祐嗣さん(愛知芸大)

 

――丸尾さん、こんにちは!今日はどうぞ宜しくお願いします。
愛知県立芸術大学でピアノを専攻していらっしゃる丸尾さんですが、いつ頃からピアノとのお付き合いが始まったのでしょうか。

 3歳の時、家にあったピアノを触り始めた記憶があります。最初は母がピアノ教室を開いていたので手ほどきを受けました。

 

 

――3歳!それでは生まれてからこれまで、ほとんどの時間をピアノと一緒に過ごしてきたんですね。それほどピアノに魅力を感じたということなのでしょうね。

私にとっての魅力は毎日違ったものを感じさせられるので言葉にするのは難しいことですが、本当に微細な楽器であることです。自分の生活や日々感じていることによって形成される世界観が毎日微細に変化し、本当に楽器を響かせるためのテクニックと知識、具体的なイメージが上手く混ざり合えば思いのままの世界が表現できるところが一番の魅力だと感じています。

 

 

――丸尾さんのお話をお伺いしていると、音楽は本当に「生き物」なんだと感じさせられます。そんな丸尾さんは、愛知県立芸術大学でピアノを学ばれているわけですけれども、大学ではどのような学生生活を送っていらっしゃるのか教えていただけますか。

自分の勉強に集中して打ち込ませていただいています。学内では独りの時間が長いですが、山奥にある大学なので周囲の自然に癒されたり、温かい空気の中で過ごす時間が好きです。時には友人たちと破天荒なアンサンブルをしてみたり、お酒を飲みながら朝まで音楽や趣味の話で盛り上がったり楽しく過ごしています。

 

 

――わたしも一度、愛知県立芸術大学のキャンパスに行ったことがあるのですが、その自然の豊かさに驚いた覚えがあります。とても楽しい学生生活を送られているのですね。
ところで丸尾さんは、コンクールや演奏会に多数出演なさっていますが、人前で演奏することに対して、難しさを感じたり悩んだり、なさらないのでしょうか。

毎回の本番で違う難しさがあります。例えば本番までの音楽に入り込む時間の調節です。早すぎるとエネルギーが抜け切ってしまいますし、遅すぎても乗り切らずに終わります・・。そして舞台に漂っている空気の種類を耳で感知しなければなりません。また本番ごとに突如現れる即興的なアイデアを掴めるかどうか。ここが欠けているとお客様は退屈します。今その場で生き物のように動いている音楽がしたいと思っていますが、上手くバランスを取るのは難しいことです・・。

 

 

――何度も舞台に立たれている方ならではのコメントで、非常に興味深いです。入り時間にまで気を回されているなんて、聴き手としては驚きました。タイミングが大事なんですね。舞台に立たれるまでのお話を聞いたからには、丸尾さんのピアノ練習方法も教えていただきたいです。

音色、フレーズ、和声、感情の起伏、ピアノを打楽器ではなく歌う楽器として扱うように最大限の注意を払っています。それらを全て司っているのはやはり響き (色彩)なので、どうすればより良く響くのかを探求することで作品の一音一音の解釈が決まってきます。響きの増幅であったり、大地を揺るがすような唸り声のような響きであったり、或は天使が囁くような極小のピアニシモであったり・・・。そういった変幻自在な響きを操りたいとの願望から、従来の基音の奏法では なく現在は倍音の奏法を勉強しています。それによって変わってきた意識は、楽譜を立体的に捉える感覚がわかってきたこと、ピアノの無限の可能性を知ったこと、聴こえるべき真に美しい響きとは何かを追い求めるようになったこと、そして一生続いていく学習の本質を捉えることができたことです。これは私の人生で限りなく大きい財産になると信じています。
音楽には響き以外にも様々な要素があるので、常に視野を広げていなければなりませんが、練習のやり方にも様々な工夫を凝らすことが大切だと思っています。

 

 

――音を立体的に捉えるという言葉は良く耳にしますが、「楽譜を立体的に捉える感覚」という言葉に考えさせられます。楽譜=書かれたもの、という意識を持つ人がほとんどでしょう?おそらく、立体的に捉える感覚というものは誰もが持てるような感覚ではなく、多くの経験をし、様々なことについて考えて来られた丸尾さんだからこそ、持てる特別な感覚なんだと思います。ピアノ以外に興味を持たれていることはありますか?

最近はオペラをたくさん聴いて歌うことの本質を学んだりイメージを膨らませたりしています。それから聖書を読むことで、人間としてまた音楽においての基本を常に忘れないようにすることも大変重要だと思っています。
それから、最近は師匠の薦めでヨーロッパ製のスピーカーを購入したのですが、コンサートホールに来たかのような凄まじい臨場感を多くの録音を聴いて味わうことも重要な勉強、練習の一つになっています。最近は倍音で音楽を作るロシアピアニズム系統のピアニスト(ホロヴィッツ、アルゲリッチ、ソコロフ等)をよく聴きますが、これは響きのパレットを増やす上でも大変勉強になっています。・・・もちろん生の演奏会に出かけることが一番勉強になりますが。

 

 

――聖書!西洋芸術音楽の出発点は、キリスト教が主体になっていますからね。やはり、それを学ぶ者としては、キリスト教の聖典である「聖書」を知る必要があるでしょうね。ただ、丸尾さんのように実行出来る人は非常に限られていると思います。また、スピーカーのお話は、「音」にこだわりのある丸尾さんらしいエピソードですね。
そんな丸尾さんですが、尊敬する作曲家や音楽家がいましたら教えてください。

作曲家ではベートーヴェン、ショパン、です。ベートーヴェンはその人生観から、人類史上最も偉大な作曲家だったのではないかと感じています。
ショパンはピアノという楽器を知り尽くしていた作曲家で、現代のピアノの最も合理的な倍音奏法の創始者でもあり、ピアノで表現できる最大限に美しい響きと歌わせることを求めた最初の人だったことから尊敬しています。
ピアニストで最近はまっているのはウラディミル・ホロヴィッツ、イーヴォ・ポゴレリチ、ミハイル・プレトニョフです。
ホロヴィッツは比較的晩年の録音が聴かれますが、多彩な表現の中に私は物凄く憂いを帯びた何かを感じます。華やかな面だけがついつい注目されがちですが、ホロヴィッツの音楽の魅力の根底にあるのは哀しみだと感じます。
ポゴレリチはその精神性の深さと響きの深さに驚かされます。そして音楽を勉強するということの本質をまざまざと見せつけられる思考と洞察力、そして謙虚さを尊敬します。
プレトニョフは、まさにロシアピアニズムの真髄とも言えるべき倍音のレガートと異次元の世界観を生み出しています。作品の背景の最も深い部分に潜む命のようなものを見せつける独自の解釈は素晴らしい芸術です。

 

――わたしもホロヴィッツは大好きです!一番好きな録音は、ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番を弾いた1978年ライヴ版です。驚くほどミスを連発しているんですが、そのミスまでも自らの味にしているような気がして、いつ聴いても新鮮な演奏に聞こえるのが不思議でたまりません。
さて、最後になりましたが、丸尾さんが描く理想の音楽家像を教えてくださいますか。

他人にどう言われようと自分の個性、独自の解釈をひたすら追求し続けることと、自分の立場や地位に溺れず一生をかけて勉強する覚悟を持って日々生きている人こそ真の音楽家だと思います。ゲーテが、「過去の偉大な人物に学ぶことこそ真に価値がある」という名言を遺しているように、人間の進歩は常に過去から未 来に伝統として受け継がれていくものだと思います。ですので、経歴を作るのも必要なことなのでしょうけれど、それによって「今」に満足してしまった時点で進歩は止まります。結果ではなく学習を続けることに生きる醍醐味や意義がありますし、一生の中で学ばなければならない事は尽きません・・。
将来は、死ぬまで自己犠牲を恐れず様々なことを勉強し続けていられれば幸せなことだと思います。

 

――今回の、一連の奨学生インタビューの中で、多く聞かれた声が「妥協しない」・「上を目指す」・「今に満足しない」というものです。
丸尾さんも同様に、そのような目標を抱いていらっしゃるのですね。
ただたんに「うまくなりたい」・「認められたい」という思いを抱くのではないところに、感心してしまいます。また、自己犠牲を恐れずにチャレンジし続けることは非常に大事なことだと思います。保身にまわらず、身を削ってでも思いを遂げるのが、芸術家なのかもしれません。
今日はたくさんの貴重なお話をお伺いすることが出来ました。丸尾さん、ありがとうございました!