【2010年度新人賞受賞】川原 慎太郎さん(ピアノ)インタビュー

青山音楽賞「新人賞」を受賞された、ピアニストの川原慎太郎さん(2010年受賞)と打楽器奏者の中田麦さん(2012年受賞)。「新人賞」受賞の条件であった音楽研修を無事に終えて、それぞれ11月23日(水・祝、中田さん)と12月3日(土、川原さん)に音楽研修成果披露演奏会を開催します。
前回は中田さんにお話をお伺いしましたが、今日はピアニストの川原さんに語っていただきます。

 

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――2010年に青山音楽賞新人賞を受賞なさってから6年経ちました。この6年間の川原さんの活動について教えて頂けますか。

川原慎太郎さん(以下敬称略):もう6年も経ってしまったんですね…。思えば2010年にこの賞を頂くまでは海外で勉強するというのは夢のまた夢でした。パスポートも受賞後に作りに行きましたから(笑)なので、受賞後は特に行きたい留学先も師事したい先生もなにもアイデアがなくて、漠然とフランスに行きたいと思っていました。ようやく重い腰が上がったのが2011年、南フランスの古都エクサンプロヴァンスのマスタークラスでコンスタンティン・リフシッツに会った後、彼の勧めでその年の12月にスイスのルツェルン音楽院(大学院のソリスト科)に受験に行き、その後はもう早かったです。3ヶ月後にはそれまで8年間住んだ京都を出てスイスにいました。
この6年間の活動というと色々あったような気がしますが、住む場所と周りの友人たちが変わっただけでやっていることは基本的には日本といた頃と変わりません。ソロの活動と並行して気心の知れた仲間と室内楽をし、合間に生徒のレッスンをしています。

 

ヴァイオリニストの鈴木舞さんとオルフェウス室内楽コンクール直後、ルツェルン音楽院にて

ヴァイオリニストの鈴木舞さんとオルフェウス室内楽コンクール直後、ルツェルン音楽院にて

 

――充実した6年を過ごされたようで、こちらまで嬉しくなりました。
スイスのルツェルン音楽大学でコンスタンティン・リフシッツの日本人唯一の弟子として研鑽を積まれたとお聞きしました。リフシッツ氏のレッスンはどのようなものでしたか。

川原:現在ルツェルンのコンスティンのクラスは異様な生徒数に膨れ上がっていると聞きますが、2012年に入学した頃、彼のクラスは今と比べてそれ程生徒は多くなく、ロシアやウクライナにアルメニア、セルビアやルーマニアなど中欧からの留学生ばかりで、今時珍しくアジア人は僕と台湾人の男の子だけでした。

あと、キリルという素晴らしいウクライナ人のアシスタントがいて、彼と僕は殆ど年齢も変わらないんですが、今まで聞いたことのない個性的なピアノを弾く人でした。それも全て徹底したアナリーゼから来るもので、コンスタンティンもそうですが5、6ヶ国語を自在に話せ、同年代にこんな人がいるというのが衝撃でしたね。
しかも見た目は、もし日本にいたらとてもピアノを弾く人には見えないようなカジュアルな感じで、でもそれが自然でカッコよかったです。

コンスタンティンはヨーロッパでの演奏のほかにロシアやアメリカ、日本での演奏会で大体いつもとても忙いんですが、その合間に頻繁にスイスに帰ってきて、二週間ほど、ほぼ毎日教えるというような感じでした。

彼の日本でのコンサートは樫本大進さんとのデュオやソロリサイタル、オーケストラとのコンチェルトで、樫本さんの実家がある赤穂の温泉の素晴らしさについて、目を細めながら良く話してくださいました。樫本さんにはルツェルンでも数回、コンスタンティンとのリハーサルに来たときにお目にかかった事があります。

コンスタンティンを一言で表現しようとすると、とにかく強くて厳しい”harsh” な(厳しい)人でした。最初の頃はその鋭い眼光に射抜かれると頭が真っ白になり、言葉が出てきませんでした。その時は、僕が日本人だからそう感じるだけだと思っていたんですね。しかし卒業後しばらくして、彼の生徒の中でも特にマイペースで不思議系な、でも素晴らしいバッハとスクリャービンを弾くウクライナ人の男の子が遊びに来て、彼と何をするわけでもなく二人で湖を見ていました。そしたら、苦笑いしてぼそっと「とても尊敬する芸術家だけど(コンスタンティンとの関係は)実は結構ストレスだった」と思いがけない告白をしてくれて、ああ、僕だけじゃなかったんだと安心しました。彼は時々先生の犬の世話や自宅のピアノの調律もしてましたから(笑)

コンスタンティンは、普段穏やかで冗談を言ったり共通の知人のモノマネをして笑わせてくれたりチャーミングで愉快な人なんですが、いつどこで激しい反応が返ってくるかわからない緊張感が常にあります。普段は陽気でおちゃらけたスペイン人の生徒も彼の前では「…ご機嫌よう、マエストロ」(笑)。

レッスンも言われた事がその場ですぐに出来ないと、だいたい三度目には爆弾が落ちました。以前は良くヴォルフーゼンという、ルツェルンから少し離れた田舎の小屋でレッスンをしていて、みんな大雪の日でも駅からそこまで全身雪まみれになりながら歩いて通いました。彼の言ったことを理解しようとして弾く手を止めると、横の柱時計の刻む音がとても大きく聞こえ、張り詰めた緊張感のなかでレッスンは進みました。

一度、僕の前に弾いていた仲良しのルーマニア人の女の子が、コンスタンティンから猛烈に怒鳴られている現場に出くわしたことがあります。叫びながら地団駄を踏むコンスタンティンの横で、彼女が泣きながら何度も何度もベートーヴェンのコンチェルトの同じ箇所を繰り返し弾いていたことを今でも思い出します。

その様なレッスンの中で、自然と演奏中の精神力が鍛えられました。そのうち作品についての自分の考えをしっかり持った上で、レッスンで「そう思わない。そのようには僕は弾くことはできない」と言ったりすることもできるようになって、大体そんな時彼はニコっとして好きなようにさせてくれました。

ある日、レッスン小屋を訪れると何処かで聞いたことがあるような、でもなにか思い出せない音楽が聞こえてきました。階段を上がって部屋に入ったらコンスタンティンが、まるでゴールトベルク変奏曲を弾くように左右の手を自在に交差させてラヴェルのダフニスとクロエを弾いていて、譜面台にはオーケストラスコアが置かれていました。

僕がルツェルンで最後に演奏したのは、ルツェルン・シンフォニーとのラヴェルの《左手の為の協奏曲》で、コンスタンティンはいつも練習時にオーケストラパートを一緒に弾いてくれました。それがまた息を呑むほど素晴らしいんですが、横で猛獣のように弾く彼をソリストとしてリードするというのは、実際のオーケストラと弾くのと同じか、もしかしたらそれ以上に難しかったです。でもそれが出来ないと軽蔑の眼差しを向けられるので、常にベストを尽くすよう努めていました。

 

卒業後、クラスメートと

卒業後、クラスメートと

 

他に思い出されることといえば、彼のクラス全員でバッハのトッカータ全曲を弾いた演奏会です。僕はト長調の担当で、演奏順は最後でした。その2日前に日本での演奏会から帰ってきたばかりだったので、次の日のコンスタンティンの自宅リハーサルでは時差ぼけで暗譜も飛び、目も当てられない出来だったんですが、次の日は全てコントロールすることができました。

そしたら彼は、客席から満面の笑みで盛大に拍手してくれて、そのあとの講評(反省タイム?)で生徒全員の前でとても嬉しい言葉を言ってくれました。そんな時は生徒全員から「おぉー」という感じで羨望の眼差しを一身に受けるんです。ルツェルンでは3年過ごしましたけれど、とても濃密で楽しい時間を良い仲間と過ごせました。辛かったこともありますけど、今でもこうやって話していると、とても懐かしくなってコンスタンティンや彼らに会いに行きたくなります。

 

リフシッツと、卒業試験後

リフシッツと、卒業試験後

 

――まぁ、そうだったのですか。コンスタンティン先生のお話になると、川原さんも話のネタが尽きない感じで(笑)。レッスンやコンサートの時の情景が思い浮かぶようで、お話を伺っていてとても楽しいです。
現在は、オランダ・デン・ハーグでフォルテピアノの演奏・研究をなさっているとのこと、これについてもお話してくださいますか。

川原:昔からバロックチェリストのアンナー・ビルスマとリコーダー、トラヴェルソ奏者のフランス・ブリュッヘンのファンで、高校生の頃からとても影響を受けてリコーダーやフルートを吹いていました。バロック音楽に深く傾倒するようになったのもその頃からです。でもフォルテピアノの方はというと、京芸時代にマルコム・ビルソン(アメリアカ出身の古楽奏者。現在通っている音楽院で僕が教えを受けているヴァルト・フォン・ウォルト(いま王立音楽院で僕が教えを受けている先生)のマスタークラスを受けた時に少し練習したのと、ルツェルン音楽院にいた時にたまに遊びで弾いていたくらいでした。

当初オランダに来たのは勉強の為ではなく生活の為だったのですが、どっちみちここで生活するなら音楽院での人脈が必要だと思ったのと、デン・ハーグ王立音楽院ははビルスマが学び、ブリュッヘンが教鞭をとっていたという事を思い出し入試を申し込みました。昔からチェンバロの方に興味があったんですが、モダンピアノと両立するのはとても難しい。フォルテピアノならレパートリーも重なるし、モダンで弾く際に大きな財産になると思ったからです。あと、先生の「ベートーヴェンのチェロソナタでビルスマのレッスンが受けられるよ」の一言で受験を決めたのが入試の5日前。
デン・ハーグ王立音楽院にはそれぞれの時代の異なる楽器が練習に解放されており、その中には1860年代のエラールもあります。今はもう完全にこれらの楽器の魅力の虜です。

音楽院からの眺め

音楽院からの眺め

 

――入試の5日前だなんて・・・普通なら考えられません!
ところで、オルガンやチェンバロ、クラヴィコードは演奏なさるのですか?

川原:チェンバロは昔、ピアノよりも練習した時期がありました。京芸時代にゼレンカのオーボエトリオやモーツァルトのドンジョヴァンニのレチタティーヴォセッコを全て弾く機会もありました。今も時々楽器を見つけては自分自身のために弾きます。クラヴィコードは近々学校に素晴らしい楽器が入るとのことで楽しみです

 

――チェンバロやフォルテピアノなどの古楽器とモダンピアノの両方を演奏されて、プラスになる点や難しい点がありましたら教えて下さい。

川原:現在のフルコンサートグランドピアノは性能、音色、音量においてほぼ完成された楽器だと思います。音色の細やかな濃淡も思いのままつける事が出来、指先の繊細な動きにも敏感に反応し、かつ巨大なオーケストラと渡り合えるパワーがあります。
しかし、これらは最初から当たり前の様に存在していたものではありません。実際にはこれらの事は古い楽器を弾く前までは気付きにくいことではないでしょうか。
例えば、1860年代のエラールでショパンの速いパッセージを弾く際、現在のスタインウェイで弾く感覚で素早く指を動かしても美しく鳴らないんです。時には音符と音符の間に微妙な揺らぎや隙間を作る必要があり、それが音楽に違った味わいを与えます。
また、現在のピアノは性能が良過ぎてその様にしなくても全ての音が綺麗に即座に発音されるんですね。アーティキュレーションやリズムの捉え方なども違ったふうになります。
これはガット弦とバロックボウで弾く時のヴァイオリンやチェロの奏法と通じるものがあるように思います。
また、古典派時代のモデルの、殆どチェンバロと見紛うばかりの小さくて軽い楽器でモーツァルトの緩徐楽章を、ロシア風の濃厚なレガートの指使いで弾くことは理にかなわないことだと実際にその時代の楽器を弾けば直ぐに知ることが出来ます。
しかし現在、私たちが演奏するのは鍵盤も重くて巨大な輝かしいコンサートグランドピアノです。
古い楽器で得た情報やインスピレーションをどのように、どこまで今日の鍵盤の上で活かすかはそれぞれのセンスに任されるところではないでしょうか。

 

――とても説得力ある言葉です。川原さんのおっしゃるとおりで、たいていのことは「楽器が教えてくれる」。
その曲を弾いて分からないところがあれば、当時の楽器で演奏してみると、どう演奏すれば良いか分かることが大半だと思います。でも、モダン楽器だけでは、そういうことも見えてきません。古楽器を演奏されたことは、ピアニストとして大きな財産になっていらっしゃいますね。

ところで、プロフィールを拝見しているとソロ活動だけではなく、伴奏や室内楽、オーケストラとの協演もなさっています。それぞれ、どのようなスタンスで演奏なさっていますか。

川原:あまり考えたことはありません。でも最近思うのは、それ一つで完結できるピアノという楽器は、ともすれば音楽の、そもそもの在るべき姿を探求することを忘れさせてしまう危険を持つ、且つ非常に蠱惑的な楽器ではないかということです。

ピアニストはいつもその様な危険のそばにいます。優れた歌手やヴァイオリ二ストがどの様にフレーズを作るかを知らずに、何をピアノで表現できるでしょうか。
それに、信頼できる仲間との共同作業は、普段孤独な時間を過ごすピアニストにとって一番の栄養剤ですね(笑)
オーケストラとの共演は、一人の独奏者が指揮者と、時には100人前後の百戦錬磨の楽団員の方たちをリードしなくてはならないので大変なエネルギーが入ります。死闘に行く覚悟で舞台にあがります。

 

――今回のリサイタルのプログラムを拝見しましたが、とても面白い選曲でした。前半はイギリスのルネッサンス期に活躍したウィリアム・バードの変奏曲とバッハのフランス組曲ですね。
特に、バードのウォルシンガムをピアノで演奏する機会になかなかお目にかかれないのですが、なぜこの曲を選曲なさったのでしょうか。その他、プログラミングや楽曲への思い入れについて教えて下さい。

川原:今回のプログラムは、前半にバード、バッハ、ファリャ、後半にバッハ=ブラームスとブラームスを演奏します。
ファリャの《アンダルシア幻想曲》は、南スペインの蒸せ返るような情熱が詰まっていると同時に、とても技巧的な作品ですが、リストやラフマニノフの様なヴィルトゥオジティとは一線を画しています。スカルラッティのように鍵盤を大きなギターの様に扱い、至るところで、うねる様なアラベスクや弦を直接掻き鳴らすような装飾音、独特の旋法、原始的なリズムを多用しているのです。こういう点は、バードやギボンズのヴァージナル作品にもみられる共通点です。なので、これらの曲を一緒に並べると面白いと思いました。

ギボンズは何度かピアノで弾いていますが、バードは初めてです。

ルツェルンでの卒業試験のプログラムにギボンズを入れてレッスンに持って行くと、コンスタンティンは想像通り喜んで、「ギボンズは弾いたことないけどバードは録音しているよ」と教えてくれました。その録音の中で一番気に入った曲を今回選びました。

ギボンズよりも対位法が凝っていて聞き応えのあるとても充実した作品です。この作品の深い宗教的な雰囲気をバッハのニ短調のフランス組曲のアルマンドに滑り込ませることが出来ればと思います。
今回のプログラムの鍵は「ニ短調」です。みなさんそれぞれ調性に特定のイメージをお持ちだと思いますが、個人的には(何故かわからないのですが)ニ短調の作品を聴くと、いつも夕映えの赤い色を想像します。
また、バッハのオリジナルの《フランス組曲》とブラームスが編曲したバッハの《ヴァイオリンのためのシャコンヌ》でのアプローチの仕方の違いに注目して頂けたらと思います。
現在は本当に多くのバロック時代の奏法についてのインフォメーションがありますね。それらを知りつつも自分の道を探す必要があり、そこに現在自分が演奏する意味があると思います。実際にタイムマシンに乗って当時どの様な音でどの様に演奏していたか聞きにいける人はいないのですから。

一時期いろいろなルールに縛られ、バッハをチェンバロで弾くのと同じようにピアノで弾いていた頃、リフシッツ先生や彼の先生のゼリクマン先生に問いかけられた「現代のピアノでバッハを弾く意味は?」という質問の現時点での答えの様なものが出せたらと思います。

 

――選曲なさるときの視点も個性的で面白いですね。リサイタルがとても楽しみです。
川原さんがピアノ演奏をなさる際、一番大切にしていらっしゃることは何ですか。

川原:演奏会の度に変わる、違う性格の楽器からそれぞれの一番良い響を引き出すことです。

 

――それでは最後に、今後の夢を教えて下さい。

川原:いつかモーツァルトの協奏曲を弾き振りすることです。

 

 

<演奏会情報>

2010年度青山音楽賞新人賞受賞研修成果披露演奏会

川原慎太郎 ピアノリサイタル

開催日時:2016年 12月3日(土)15:00開演(14:30開場)

出演者  川原慎太郎(ピアノ)

演奏曲目 ◆バード/ウォルシンガム

◆J.S.バッハ/フランス組曲 第1番 ニ短調

◆ファリャ/アンダルシア幻想曲

◆ブラームス(バッハ)/左手のためのシャコンヌ

◆ブラームス/幻想曲集 Op.116

入場料  ¥2,500(一般)・¥1,500(学生) ※当日各¥500増【全席自由】

チケット販売    ◎青山音楽記念館 ☎075-393-0011

◎ローソンチケット ☎0570-000-407(Lコード 59046)

◎チケットぴあ ☎0570-02-9999(Pコード 307-084)

※未就学児入館不可