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曲目解説を公開しました。(9/17 開催「上原彩子ピアノリサイタル」)

2022.08.25

上原彩子さんが、今回のリサイタルのために書き下ろした曲目解説を公開しました。
チャイコフスキーへの思いが詰まった読み応えたっぷりの内容です。ご来場前にぜひご覧ください。

上原彩子

プログラムノート 上原彩子

 チャイコフスキーは、とても勤勉な作曲家でした。自分を怠惰な人間とあえて決めつけ、それを律するがごとく、毎日の作曲を自分に課していたというほどに。だから、大作を書いていない時期や、大作の箸休めの日には、たくさんのピアノの小品や歌曲を作曲し、それは当時ピアノが普及し始めていたロシアの上流階級からも大変な人気を博していたようです。(もちろん、彼の懐にも潤いをもたらしていたようです。)その様に肩肘張らず日記をつけるかの様に書かれた作品からは、彼の内側から滲み出る誠実な人柄、優しさ、繊細さが、よりストレートに伝わってくるのではないでしょうか。前期の作品には、屈託のなさ、純粋さ、後期の作品には、全体から漂う哀愁、積み上げられた音楽への愛情と技法が、自然に香ってくるような感覚があります。

 また、彼が生まれたのは、ロシアのウラル地方にあるヴォトキンスクという鉱山町で、豊かな自然が多く残り、農地を開拓するたくさんのロシア人農民に囲まれて生活していました。その頃触れた、農民達の歌うロシア民謡の数々の記憶は、その後の彼の創作活動に大きなインスピレーションを与え続け、それは数々のピアノ曲からも素晴らしい和声、メロディー、リズム、空気感として聞こえてきます。そして、ピアノの小品という、ある意味とてもシンプルな形態で聞くと、より素朴さが際立つと、私は感じます。                                       

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■四季₋12の性格的描写 op.37 bis / チャイコフスキー

 1875年末、チャイコフスキーはペテルブルクの出版社から月刊誌「ヌーヴェリスト nouvelliste」のために、毎月、その月に相応しいピアノ小品を書くようにとの注文を受けました。このロシアの人気雑誌の読者は、大小様々な町や人里離れた田舎に住む人たちまでもが対象で、この曲を通してチャイコフスキーの音楽はより広大なロシアに浸透していきました。また、各曲には、出版社によって選ばれた詩的な標題とロシアの詩人による詩が付けられ、より豊かで果てしない、それでいて身近で素朴な詩的世界が、芸術的な広がりとともに感じられます。

1月 「炉ばたにて」
 田舎の質素な佇まいの家。おばあさんが暖かい暖炉のそばで、物思いに耽っています。
 中間部の問いかけるようなフレーズは、エフゲニーオネーギンのアリア「来るべき日は、私に何をもたらしてくれるのか?」と似ています。
 不安げに自分自身に問いかけます。

2月 「謝肉祭」
 ロシア語で、マースレニッツァという、古来スラブ人の冬を送り春を迎える祭りと結びついているお祭り。
 茶目っ気たっぷりに仮装した人々、お酒を飲んで益々陽気な人々、そんな人々で溢れかえり、華やかで色彩豊かな一曲です。

3月 「ひばりの歌」
 まだまだ冬を感じるようなロシアのひばりですが、中間部ではまるで春を予告するようにさえずります。ゆったりと時間が流れています。

4月 「松雪草」
 最初のフレーズから、軽やかで生き生きとした息づかい。
 ロシアの大地から雪が消えるころ、まっさきに咲き始めるのが、松雪草です。春の訪れ。中間部では、のびやかなワルツが聞こえてきます。

5月 「白夜」
 いつまでも薄明かるい幻想的な夜、恋人たちはいつまでも語り合い、愛し合います。
 初めのメロディーは、まるで詩を朗読するかの様に、一語一句味わいながら、言葉を次ぐための間を楽しみながら進んでいきます。
 中間部は、愛の炎が燃え盛っているよう。

6月 「舟歌」
 夏の夜の水辺。やわらかな波間に浮かぶ少し気だるいメロディー。明るい曲ではないにも関わらず、開放感を感じます。

7月 「草刈人の歌」
 いよいよ夏本番。農夫たちの、エネルギーに満ち溢れた素朴な歌。中間部は、勇ましく快活でテンポの速い踊り。
 単純明快な音楽技法を使うことで、より農民の原始性、古代性を表現しています。

8月 「収穫」
 複雑な、まるでバレエの難しいステップのようなリズムを使いながら、収穫作業の忙しさ、慌ただしさを表現しています。
 忙しさを感じさせつつ、優雅さを保っているところ、チャイコフスキーならではです。

9月 「狩り」
 この曲は、まるでオーケストラを演奏している様なピアノ曲。初めのファンファーレは、もちろんトランペット。
 祝祭的華やかさを表現しています。今日のプログラムの最後の曲「グランドソナタ」も、これと似たような性格で始まりますが、なんと同じト長調です。
 因みに、ピアノ協奏曲第2番も、同じくト長調。

10月 「秋の歌」
 悲しみと孤独感の漂う、自分自身に思いを語るような大変私的な曲。中間部では、過去の映像が、頭の中で幻想的な色調を帯びながら流れていきます。
 まるで、まぼろしを見ているかのように。

11月 「トロイカ」
 トロイカは、3頭立ての橇、冬のロシアの風物詩の一つです。
 この曲は、とても描写的に書かれていて、鈴の音、蹄の音など、まるで絵を見ているかのように伝わってきます。しかも、見事なまでの芸術性をもって。

12月 「クリスマス」
 さあ、初めの、あの暖炉で火が明々と燃えていた家に戻ってきました。(これは、もちろん私の想像です。)
 おばあさんおじいさんに加えて、子供たち、孫たち、仲良く、この一年の幸せを噛み締めながらワルツを踊ります。
 舞踏会ではなく、居心地がよい温かい家庭での、しみじみとしたワルツ。

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18の小品 op.72から / チャイコフスキー

 この曲集は、チャイコフスキーが交響曲第6番「悲愴」のスケッチが終わり、スコアにとりかかった時期に作曲された、いわば最晩年の曲です。
彼の内面の渋みだけでなく、作曲技法上での完全なる円熟が、各々の曲において自然な形で滲み出し、円やかで熟成された味わいの曲集になっています。

第13曲  「村のこだま」
 いつも、こだまはオルゴールの響きにのって遠くから聞こえてきます。
 村人たちの踊りとそのオルゴールが交互に現れる、ユーモアに溢れた描写的な曲です。

第3曲  「おだやかなおしかり」
 おしかりを受けて、「ごめんなさい、許して下さい」と懇願する可愛らしい子供の様子です。
 チャイコフスキーの、子供への愛情溢れる優しい眼差しを感じます。
 中間部では、子供がすでに元気になって暴れはじめている、そんな微笑ましい情景が想像できます。

第14曲  「悲しい歌」
 チャイコフスキーは、一見動きのほとんどないシンプルなメロディーを使いながら、心に深くささる感動的な曲を作る天才でしたが、
 この曲にも彼のその才能が遺憾なく発揮されています。
 メロディーとも言えないぐらいのこの音列が何故?と耳を疑うばかりですが、慈愛に満ちた悲しさが表現された素晴らしい曲に仕上がっています。
 中間部では、何度も歩みを止め、後ろを振り返りつつ前へ進む、これは、ひょっとしたらこの頃のチャイコフスキー自身の心境でもあったのでは
 ないかと想像し、胸が苦しくなる思いです。

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■ピアノソナタ ト長調 op.37「グランド・ソナタ」 / チャイコフスキー

 この曲が作曲されたのは、四季が作られてから2年後の1878年。交響曲4番、エフゲニーオネーギンはすでに完成し、ヴァイオリン協奏曲は作曲中という脂がのり始めた時期に作られました。このソナタを語る上で外せないのは、シューマンの存在でしょう。「グランドソナタ」の名称も、シューマンの3番のピアノソナタ「グランドソナタ」になぞらえていると思われ、また構成、細部の音型など様々なところにシューマンの影響を確認できます。チャイコフスキーにとっては、ペテルブルク音楽院時代に作った習作の嬰ハ短調ソナタ以来のピアノソナタの作曲で、尊敬するシューマンを勉強して参考にしつつ、そこに自分の色を加えていく感覚で作曲したのではないでしょうか。

この曲では、チャイコフスキーの、交響曲作曲家として、オペラ作曲家として、バレエ作曲家としての各々の才能が、ピアノ曲であるにも関わらず最大限に発揮されています。言い換えると、ピアノという楽器を明らかに越えたピアノソナタということが言えます。

交響曲作曲家としての面では、オーケストレーションを彷彿とさせるピアノの使い方が随所に見られ、色彩感が豊富に感じられます。オペラ作曲家としては、一つの楽章の中での場面転換が、ソナタ形式などの枠組みがあるにも関わらず鮮やかです。また、主役の男性の歌、女性の歌、脇役の歌、合唱の歌など、それぞれの場面の温度差、重量の差が明確で、それが無理のないやり方で繋がり、まとめられています。バレエ作曲家としては、四季の8月にもあったような、リズムの巧みなずらし方、その結果として感じられる優雅さには舌を巻くばかりです。

そして、この曲全体を貫くイメージで最も重要なものは、母なる大地ロシアの、誇り高き雄大さ。全てを包み込んでくれるような大きな包容力を感じることができるでしょう。

-第1楽章-
 輝かしい金管楽器のファンファーレで開始されます。その後、このファンファーレに何度も立ち返りつつ、数々の登場人物が顔を出しドラマが繰り広げられます。でも、いつも必ず明るく決然としたファンファーレに立ち返ることで、他の悲しみや苦しみの感情が肯定してもらえた様に聞こえてくるのは、私だけでしょうか。

-第2楽章-
 前半と後半部分では木管楽器が活躍し、中間部では弦楽器の甘い歌が聞こえる、全体として哀愁に満ちた晩秋のような曲。
初めのテーマは、訴えるような切なさを感じるものに対して、中間部のテーマは伸びやか。でもそれが遠くから聞こえてくるような、ひょっとすると追憶の中の幸せでしょうか。最後は、その幸せなテーマが、哀しみに置き換わり、力尽きて終わります。

-第3楽章-
 まるでバレエのようでもあり、交響曲第4番の3楽章のピチカートを思わせる様な軽さを感じる、チャイコフスキーらしいユーモアと優雅さに溢れた曲。中間部では、おどけた歌が、途切れ途切れに顔を出します。

-第4楽章-
 四季の2月と同じく、マースレニッツァ、ロシアのお祭り。ピアノ協奏曲2番の3楽章も、これと同じト長調ということもあり、とても近い性格を持っています。おどけたピエロが顔を出したり、民謡風な物悲しい旋律が顔を出したり、目まぐるしく展開していきますが、一番心に残るのは、全ての動きが急に止まって大地を讃えるようなコーラスが出現する部分ではないでしょうか。そのコーラスは、最後のクライマックスでまるで鐘が鳴り響く様にもう一度響き渡ります。

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2022年9月17日(土)「上原彩子 ピアノ・リサイタル」公演情報・チケット購入情報は⇒こちら

 特別インタビュー(2022年9月17日公演:上原彩子さん)