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特別インタビュー掲載(11/11公演:川口成彦フォルテピアノリサイタル)

2023.08.24



第1回ショパン国際ピリオド楽器コンクール(
2018年)で第2位に輝き、2020年以来待望の2度目の登場となる川口成彦さん。前回の「
若きショパンが生まれた時代」に続き、今回のテーマは「愛の歌」。フォルテピアノの魅力やプログラムについてお話しをお伺いしました。

 

■初めてフォルテピアノの音色をお聴きになる方もいらっしゃるかと思います。フォルテピアノとはどのような楽器でしょうか?

ピアノという楽器は1700年頃にフィレンツェでバルトロメオ・クリストフォリというメディチ家お抱えの発明家・楽器製作家によって開発されました。そしてピアノはこれまでの300年以上の歴史の中で文明の「発展」に影響を受けながら、時代ごとに大きく「変容」を遂げてきました。ですから18世紀や19世紀のピアノは今日のピアノとはだいぶ異なり、現代のピアノと区別するためにも歴史的なピアノは「フォルテピアノ」と今日一般的に呼ばれています。

現代のピアノとフォルテピアノの相違点は山のようにあります。弦が昔のピアノは交差ではなく平行に張られていたり、弦の素材が鋼鉄ではなく軟鉄の時代があったり、弦の太さが昔の方が細かったり、ハンマーヘッドの素材も時代ごとに違ったり、ハンマーアクションの構造が昔に遡るほどシンプルだったり…。色々な構造も違うので音色も現代のものとは違った特別なものです。

©︎堀田力丸

カメラや映画も時代ごとに大きく変わってきたものですが、19世紀の写真とか20世紀初頭の映画とか、当時の撮影機材だったからこそ出せる特別な情緒がありますよね。それから紙も同じです。現代の整ったコピー用紙とかも綺麗ですが、例えば和紙の質感や温かみはやはり特別なものです。お米も精製された白米も美味しいけど、玄米もお好きな方はいるのではないでしょうか。18世紀や19世紀のピアノは楽器が現代のピアノのように金属素材もまだ少ないので、楽器が木で出来ていることを思い出させてくれます。フォルテピアノ、そしてその音色には現代の楽器では決して出すことの出来ない特別な質感や情緒があります。

私は初めてフォルテピアノに触れたとき(18世紀のワルターのレプリカでした)、あまりにも現代のピアノと違うのでびっくりしました。私は当時古典派の作曲家をモダンピアノでどう弾いて良いか分からずに悩んでいて、あまりにも分からな過ぎてハイドンやモーツァルト、ベートーヴェンに大きな距離感を感じてしまっていました。
しかし!自分にとって初めてのフォルテピアノでハイドンを弾いてみたときに、ハイドンがひょっこり僕の方に近づいてきてくれたのです。そこからやっと古典派の作曲家と心が通い始めた気がして、本当に嬉しかったことを今でも覚えています。「あの人と僕はどうやら気が合わないみたいだ…」と勝手に思い込んでいた友人と、ふとしたきっかけで大親友になってしまう時の人生の喜び。僕の日常の人間関係は結構こういうことが多いのですが、それに近いものを感じました。

作曲家が生きた当時の楽器で作曲家と向き合うことで、私は彼らと真のコミュニケーションを取れるようになりました。そして私は古楽器を通じて彼らの作品の持つ本来のスピリットを模索し、現代にそれを呼び起こしたいと思っています。また、現代の我々にとってそのようにして呼び起こされたものが新鮮なものとして浮かび上がることもあるでしょう。その現代の感覚における古楽器の創造性も、古楽器の重要な存在意義だと思っています。

 

“バッソ・コンティヌオ”シリーズ企画監修者 鈴木優人さんから川口さんへの質問です。
■フォルテピアノの魅力はなんでしょうか?

“バッソ・コンティヌオ”企画監修の鈴木優人さん

時代性と大きく結びつくからこそ、フォルテピアノはある意味タイムマシーンのようなものでもあると私は思っています。この度の演奏会のようにショパン存命時のプレイエルでショパンを弾くと、彼が生きた時代のパリのサロンに音を通じて自分の体がタイムスリップした感覚になることが私はあります。なのでイマジネーションの中でショパンに出会えることもあったりして、作曲家と時代をこえたコミュニケーションを取っている気持ちになります。

また、歴史的なピアノは時代ごとに、地域ごとに、製作者ごとに音色にオリジナリティがあることも魅力です。現代においてはそこに修復家の美学も反映されます。楽器一台ごとの個性が我々人間の個性のようで、楽器が異なれば同じ楽曲も全く異なって聞こえたり、演奏者の演奏アプローチも変わってきます。今回使うプレイエルは私のその他の演奏会でも何度か登場していますが、特に初めて聴かれる方は楽器との一期一会を味わって頂けたらなとも思います。

 

■今回のプログラムは「愛の歌」がテーマということですが、選曲の背景や聴きどころを教えてください。

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「歌」は音楽の原点の一つです。あらゆる器楽作品も根底に声楽的な性質を持つものが多いと思います。モーツァルトのピアノソナタもピアノで行うオペラのようですし、ショパンもオペラに憧れて、夜想曲やバラードをはじめ「歌」が根底にあります。メンデルスゾーンの無言歌はピアノ独奏による歌曲です。

今回はそんな音楽の原点に想いを馳せながら、フォルテピアノのリサイタルですが、ある意味声楽のリサイタルをやっているような感覚で臨む公演が出来たら面白いかなと思いました。中にはショパンのスケルツォ第1番をはじめピアニズムに溢れるものも入れましたが、そんなメリハリもつけながらピアニストによる声楽コンサートらしいプログラムを考えました。

そしてシューマンの「献呈」やリストの「愛の夢」、《眠れよ、幼子イエス》というポーランドのクリスマスキャロルが引用されるスケルツォ第1番をはじめとして、愛に溢れたピアノ曲が山のようにあります。そのどれもが素敵なので今回「愛の歌」をテーマにしてみました。

そして今回1843年の楽器の時代だけにとらわれず、アルベニスやチャイコフスキーといったショパンの後の時代の作曲家の作品も入れてみました。フランダースの作曲家ベルへやティネルという珍しい作曲家も登場します。また今回は愛の喜びだけではなく、悲しみにも光を当てたかったのでアルカンの「愛の歌-死の歌」やチャイコフスキーの「哀歌」なども入れてみました。練りに練った盛りだくさんのプログラムです。

 

■一音一音を紡ぐような川口さんの演奏は、まるで美しい物語に耳を傾けているようです。その魅力はどこからくるのでしょうか?

そのように仰って下さりありがとうございます。難しい質問です。私の演奏はやはりフォルテピアノに出会った20歳の頃に大きく変わりました。楽器の音色を人の声のようにとらえられる感覚が古楽器ではモダンピアノに比べてあったので、古楽器を通じて一音一音を言葉のように紡いでいく感覚を学ぶことが出来ました。それから東京藝術大学の楽理科時代は声楽伴奏の機会にも恵まれ、声楽家を志す仲間たちの歌詞の言葉を大切にする意識にも大きく影響を受けたと思います。また古楽の先生や仲間たちからは音楽におけるレトリックの重要性など多くのことを学びました。

私は自分の人生は人との出会い無くしては語れないとつくづく思っています。それくらい先生方や友人から多くのことを学んできました。しかし「一音一音を紡ぐような」演奏は、まだまだ磨きをかけなければなりません。今後も成長出来る演奏家でありたいと思います。

 

■ご来場の皆様にメッセージをお願いします。

©︎堀田力丸

最後になりますが、この度は鈴木優人さんが監修される〈Basso Continuo〉のシリーズに出演させて頂くことを心より嬉しく思います。そしてご来場下さる皆さまと1843年のプレイエル独自の音色での歌の世界をご一緒出来ることがとても楽しみです。

バロックザールは2020年以来2度目となる出演ですが、前回フォルテピアノとホールの相性がとても良いと感じました。例えばショパンは彼の繊細な表現のためにも大きなホールよりもサロンを好んだわけですが、フォルテピアノでの語りや歌の繊細さを皆様にお届けできたらなと思っています。19世紀のサロンのような気軽さで、是非演奏会をごゆっくりお楽しみください。

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2023年11月11日(土)「川口成彦 フォルテピアノリサイタル」
公演情報・チケット購入情報は⇒こちら